「平成14年度 乳幼児保健講習会」報告 八戸市医師会『医師会のうごき』2003年5月号掲載

くば小児科クリニック 久芳康朗

 日時 2003年(平成15年)2月16日(日)
 会場 日本医師会館(東京)
 主催 日本医師会

プログラム
「少子化をのりこえたデンマーク」 湯沢雍彦(お茶の水女子大学名誉教授)
「乳幼児期におけるこころの健全な発達のために」 奥山眞紀子(国立成育医療センター)
「出産前小児保健指導(プレネイタル・ビジット)モデル事業報告」 雪下國雄(日本医師会常任理事)
シンポジウム『育児と仕事を両立できる社会環境づくりを目指して』
「新しい子育てを求めて〜最近の育児困難現象を視点として〜」 大日向雅美(恵泉女学園大学教授)
「病後児保育の実践と課題」 菊池辰夫(福島県医師会常任理事)
「小児科医による子育て支援」 巷野悟郎(こどもの城小児保健クリニック)
「少子化対策プラスワン−少子化対策の一層の充実に関する提案」 谷口 隆(厚生労働省母子保健課長)

報告

 昨年に引き続き乳幼児保健講習会を受講させてもらった。今回は、昨年のプレネイタルビジット事業から、より大きな「少子化と育児支援」という視点に立って統一性のある講演が組まれ、大変充実した内容であった。

 湯沢氏は、出生率が1983年の1.33(ちなみに2001年の日本も1.33)から反転して1.7台に回復したデンマークにおける調査から、共働きが90%以上で男女役割の平等化が進み、男性が育児や地域社会に積極的に参加している実態、学費がかからずのんびりしていながら質の高い教育や、生活を支える生きた民主主義、労働時間は短く手取り収入は少ないが家族と楽しむ自由時間の多い生活などが相まって、子育てに自信と安心感を与えていることなどが報告された。(湯沢雍彦編著『少子化をのりこえたデンマーク』朝日選書

 奥山氏は愛着と同調という重要な視点から、親子の関係性とその捉え方について説明した。愛着は遺伝的に組み込まれている行動だが、出生後に引き出されないと出てこない。子どもは愛着を受けることで共感性を発達させていくが、愛着に基づく安心感と基本的信頼の構築ができていないと、自己制御が困難になり自己の発達障害を伴うことになる。愛着障害と自己調節障害とは相関がある。何歳までなら取り戻せるかは不明だが早期発見・早期支援が大切であり、育て直しが可能と考えて取り組んでいる。
 同調には生体内や個人間、社会・文化の同調など様々なレベルがあるが、親子の同調を阻害する因子として、自らの愛着体験、性的虐待などのトラウマ、家族・夫婦間の問題、障害や病気などで育てづらい子どもなどがあげられる。
 関係性は直線的因果関係ではなく円還的因果関係として捉えるべきである。必ずしも虐待している親が子どもを抱いていないわけではなく、いかに子どもとリズムを合わせられているかが大切である。愛着の問題の身体への影響として、小人症、多飲、身体的調節障害、認知・感覚運動機能の障害などがあげられる。  診察時には、子どもの表情、共同注視、発達にみあった注意力や好奇心などを観察する。親の面接では面接者との波長の合わせ方、感情の幅、深みなどを観察しながら話を聞いていく。
 家族への介入も、原因捜しではなく関係性を評価して、悪循環のどこか介入しやすいところから介入して止めるようにする。家族への支援は、親の気持ちを受け止めて同調し共感することからはじまり、親が子どもとの同調を楽しめるようになることを目標にしていく。

 雪下理事は、育児不安・虐待・少子化は同じ問題であるとの認識から虐待とプレネイタルビジットの2つに取り組んだ経緯について触れ、平成13年度のモデル事業の結果について詳細に報告された。産科・小児科医および母親等の意見では、事業の継続を望む声が大半であり、報告書にまとめて国に申し入れをすることになっている。最後に、育児環境の整備について、1) プレネイタルビジットの制度化、2) 出産直後からの母児同室就床、3) 保健師等による早期(2週間以内)育児環境チェックと指導、4) 24時間電話育児相談の設置、5) 地域育児支援ネットワークの整備の5つが提言された。

 大日向氏の講演では、育児に悩む母親たちの声は今日の社会の歪みを訴えるSOSであり、子育ては女・子どもの問題ではなく、男性・地域・企業の問題であること、子育て支援は親支援・家族支援であること、対症療法と基本的対策の区分けが必要なことなどが強調された。父親は仕事人間で育児から疎外され、母親は就労や社会から疎遠となって一人で子育て(孤育て)している実態から、母親の社会参加支援と父親の家庭参加支援を柱とした皆でささえる子育てへの転換が求められた。カナダ、ニュージーランド、ノルウェーに学ぶ親育て・家族支援も紹介されたが、カナダのテキストは翻訳されて国内でも使われている。(ジャニス・ウッド・キャタノ著『完璧な親なんていない―カナダ生まれの子育てテキスト』ひとなる書房
 日本でも行政と市民・NPOの協働による子育て支援の新しい取り組みが動き出している。

 巷野氏は、看護師のいない保育園における与薬の問題について、連絡票を書いてもらい保育士が親の代行をするという保育園保健学会の案を示し、同時に、できるだけ保育園で薬を飲ませないですむような配慮を小児科医に求めた。

 厚労省の「少子化対策プラスワン」は、少子化の主要因である晩婚化に加えて夫婦の出生力そのものも低下しているという新たな実態を踏まえて打ち出され、従来の少子化対策が仕事と育児の両立支援や保育の充実に偏っていた反省から、働き方の見直しによる男性の育児参加、地域における子育て支援環境の整備、社会保障における配慮や教育に伴う経済的負担の軽減、次の世代を育む親となるための子どもの社会性の向上や自立の促進など、子育て全体を総合的に支援する内容になっている。平成15〜16年の2年間を基盤整備期間として、自治体や大企業に対する行動計画策定の義務化などを盛り込んだ次世代育成支援対策推進法案や児童福祉法改正法案を制定する予定となっている。
 また、少子化社会への対応を進める際の留意点として「子どもにとっての幸せの視点で」「産む産まないは個人の選択」「多様な家庭の形態や生き方に配慮」の3点も強調された。全文は厚労省のホームページで入手できる。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/09/h0920-1.html

 厚労省や日医の子育て支援に対する問題意識と今後の方向性は納得のいくものであったが、一方で現実に目を向けてみると、社会保障の負担は増加し、長引く不況の中で失業や就職難は社会問題となっている。リストラを免れても残業を余儀なくされ、深夜勤務免除の母親スチュワーデスが大幅に減らされるというニュースも伝わってくるなど、子育てを巡る環境はむしろ厳しさを増しているのが実情である。  大日向氏によると、かつて少子化・失業・不景気で苦しんだオランダでは、短時間正社員制度を制定して社会保障には差をつけなかったことで失業率は低下し、ライフスタイルに合わせて時間を調整できるようになり、夫婦合わせて1.5倍の購買力がついて不景気は解消したことから「ダッチ・ミラクル」と呼ばれている。日本を建て直すのも構造改革のスローガンや小手先の金融政策などではなく、安心して働けて自信を持って子育てができる、本当の意味での豊かな社会をつくることだと改めて確認できた。
 講演の詳細は日医雑誌に掲載されるのでそちらを参照して下さい。

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