■ くば小児科クリニック 院内報 2000年2月号
● インフルエンザ脳炎・脳症のまとめ
今年のインフルエンザの流行は12月中旬に始まり、1月下旬より本格化して2月上旬にピークを迎えました。ここ数年インフルエンザによる死亡例の報道が目立つようになり、今年も八戸や青森で幼児の死亡例が報道されています。先日急病診療所の当番で診察していたら「インフルエンザだとしたら48時間以内に受診しないと死んでしまうと聞いた」と慌てて駆け込んできたお母さんがいましたが、不安をあおり立てるような報道にも問題はあるものの、現時点での情報を整理してお伝えする必要性を感じました。発行が大幅に遅れたので今シーズンは終息に近づいていますが、来シーズンへの展望も含めて考察してみましょう。
○ 頻度・年齢・発症日数・ワクチン接種の有無
インフルエンザ脳炎・脳症に関する厚生省の調査では、1999年1月から3月までに全国で217例のインフルエンザ脳炎・脳症と考えられる症例があり、男女比に差はあありませんでしたが、別の報告では男性の方が多い傾向にあります。発症年齢は、5歳までに全体の82.5%が含まれ、中央値は3歳でした。217例のうち、完全に回復したものが86例、後遺症の残ったものが56例、死亡したものが58例で、インフルエンザの発症から脳炎・脳症の発症までの期間は平均1.4日でした。このなかにインフルエンザワクチンの接種例はありませんでした。
なお、高齢者のインフルエンザによる死亡はほとんどが肺炎によるものであり、これは従来より広く知られていた事実で、ここ数年変化したわけではなく、高齢者と乳幼児を同列に論じるのは意味がありません。
○ 症状・診断
臨床経過からは、脳炎・脳症の発症の可能性を予測することは出来ません。症状は、意識障害がほぼ全例に認められ、けいれん、麻痺、嘔吐、精神症状(興奮など)があげられます。しかし、熱が高いときにうわごとを言ったり様子が変だったりすることはインフルエンザではよくみられることであり、また、熱性けいれんはインフルエンザで引き起こされやすく、けいれんをもって脳炎・脳症を予測することは出来ません。ただし、けいれんが長引いたり意識障害がある場合には脳症を疑う必要があります。
インフルエンザの診断は、従来は症状と流行状況からなされていましたが、今シーズンからA型インフルエンザの迅速診断キットが使えるように確定診断に役に立っています。ただし、流行期には検査の必要はなく、またB型インフルエンザは検出できません。
○ 原因
現在、脳炎・脳症が引き起こされる明らかな原因はわかっていませんが、調べられたほとんどの例がA香港型だったことがわかっています。2年前の1997-1998年はA香港型が流行して患者数は過去10年間で最高になり、脳炎・脳症も多発しました。昨年(1998-1999年)は同じ型が流行したため、乳幼児や高齢者では重症化した例が目立ちましたが年長児では大きな流行にはなりませんでした。今年はA香港型とAソ連型の両者が流行しているため、ここ2年間でインフルエンザに罹患したのに今年また罹っている子が多くなっています。重症化した例はA香港型に初めて感染して発症したものと推察されます。
先日、日本で初めてインフルエンザ脳炎・脳症を報告して警告を発した市立札幌病院の富樫先生の講演を聞く機会がありました。脳炎・脳症を発症した時点で、血液の凝固異常があった例では予後が悪く、死亡例では全身の臓器に血栓などが認められることなどから、ウイルスが全身の血液にまわり(ウイルス血症)、血管の内皮細胞を障害して血液の凝固障害を引き起こし、脳やその他の臓器の血栓や血管の破綻を来すのが本態ではないかという説を述べていました。その他にもいくつかの説がとなえられており、遺伝的因子や人種などの要因も考えられていますが、詳しくはわかっていません。
○ 解熱鎮痛剤の使用との関連
欧米におけるライ症候群とアスピリンの関係から、インフルエンザ脳炎・脳症についても、解熱剤が関与しているのではないかという懸念があり、ジクロフェナクナトリウム(商品名ボルタレン)、メフェナム酸(商品名ポンタール)、アセトアミノフェン(商品名アンヒバ、カロナール)、その他の解熱剤の使用について検討されました。その結果、ジクロフェナクナトリウムまたはメフェナム酸が使用された症例では死亡率が高かったものの、これらの薬は熱が高くなる重症例に使用される傾向があり、統計的に解析してこれらの解熱剤と死亡についてわずかながらも関係が疑われる結果が得られました。 アセトアミノフェンについては解熱剤を使用しない例と死亡率に差はありませんでした。
この結果は、科学的な判断を下すには十分な情報とは言えず、脳炎・脳症を発症した症例の中で死亡例と生存例の比較をしても本当の危険性は証明できないだろうという意見が多いのですが、従来よりこれらの薬は低体温やショックなどの副作用も指摘されていました。世界的にみてもアセトアミノフェンおよびイブプロフェン(商品名ユニプロン)が第一選択とされており小児のインフルエンザ患者に使用されていますが、欧米では脳炎・脳症の多発はみられておらず、脳炎・脳症の発症に関連はないというのがコンセンサスになっています。当院でもアンヒバがほとんどで、年長児の経口薬としてポンタールも使っていましたが、この調査結果も踏まえてカロナール細粒・錠に変更しています。
ここでポイントになるのは「熱さましを使用したのに熱が下がらないから心配」と考えないことで、熱を下げないと悪くなるのではなくて、悪化するときは熱も下がらないということです。これは表現上の微妙な違いにみえるかもしれませんが、大きな違いがあります。
○ 治療
インフルエンザそのものの治療として、アマンタジン(商品名シンメトレル)はA型のみに有効で、使用すれば熱の下がりも良いのですが、耐性ウイルスが出現しやすいことなどにより全員に投与するわけにはいかず、ハイリスクの方や症状の重そうな一部の方に使っているのが現状です。前述の富樫先生も同じような考えでした。
漢方薬の麻黄湯は昔から使われている薬で、インフルエンザの初期症状に適応があり、熱を出させて汗をかいて熱が下がる過程を早める効果があります。ウイルスの増殖を抑えたり殺す作用はありませんので、軽症化することが目的となりますが、どの年齢でも使え、時として腹痛などの症状を起こすことがあるもののそれ以外では安全に使える薬です。
A型にもB型にも効くザナミビル(商品名リレンザ)はデータが揃わなかったため保険収載が見送りとなって発売が遅れ、今年は使う機会はなさそうです。また、小児には的確に吸入させることが難しく、来年になれば同じ機序で別の経口薬が使えそうですので、またその時にどういう方針にするかお知らせしたいと思います。
しかし、脳炎・脳症に対しては確立した治療法はなく、脳保護療法、抗脳浮腫療法が主体で、最近低体温療法が小児にも試みられています。アマンタジンも脳炎・脳症の治療に試みられているが、有効性について結論は出ていません。アマンタジンを早期に服用させていれば脳炎・脳症に進展しないというデータもありません。脳炎・脳症を疑ってどの時点でアマンタジンの投与を開始するかについては一致した意見はなく、特に1歳未満の乳児に対する使用には反対意見もあります。
○ インフルエンザワクチン接種について
インフルエンザワクチンは、乳幼児にも他のワクチンと同程度の安全性で接種することができますが、その有効性は学童に比べると低くなり、特にB型インフルエンザでは効果が落ちるようです。また、世界的にみて1歳未満の乳児にワクチンが大規模に接種された経験がないことから、その適応にはまだ議論が残るのが現状です。
また、脳炎・脳症を発症した例にワクチンの接種例がなかったことが、脳炎・脳症の予防効果を持つことの証明にはなりませんが、A香港型インフルエンザに伴うウイルス血症が発症に関与しているとすれば、血液中の抗体を高めるワクチン接種に予防効果があると推測するのが妥当であり、脳炎・脳症の発症まで平均1.4日と短時間であることから、治療は非常に困難であり、インフルエンザそのものの発症予防としてワクチン接種が重要であるという意見が大きくなっています。
○ インフルエンザを巡る混乱について
インフルエンザの診断、治療、合併症などについてはここ数年で大きな変化がみられており、予防法としてのワクチンが今さらながら見直され、有効な診断方法や治療薬も普及しつつある一方で、合併症である脳炎・脳症については不明な点も多く、来シーズン以降も若干の混乱が生ずることも予想されます。特に、今シーズン早々に品切れとなったワクチンは、来シーズンは高齢者に一部公費負担が導入される一方で小児は全額自己負担のまま放置され、接種の適応(どこまで広く接種するか)や効果(特に脳炎・脳症の予防)については更なる議論が予想されます。もし来シーズンも接種者数が倍増するのであれば、接種時間や方法なども早期に検討しないと一般の診療に差し支えるかもしれません。高齢者が優先になると小児科では入手しにくくなるかもしれません。
いずれにしても、今後ともインフルエンザに関する情報はきちんとチェックして皆さんにお伝えしながら判断していきたいと思います。
● 院内版感染症情報 〜2000年第07週(2/13-2/19)
1999年 第45 46 47 48 49 50 51 52 01 02 03 04 05 06 07週 インフルエンザ 0 0 0 0 0 2 8 5 8 14 16 51 125 88 36 感染性胃腸炎 12 12 3 5 15 16 17 11 13 20 32 20 22 16 17 水痘 1 2 2 6 0 5 1 2 0 2 2 1 1 2 2 突発性発疹 2 4 1 4 1 1 1 0 3 1 4 1 2 1 1 伝染性紅斑 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 流行性耳下腺炎 0 0 1 1 0 0 0 1 0 2 1 1 0 4 1 溶連菌感染症 3 2 3 1 5 3 2 2 0 1 5 3 0 0 0 ヘルパンギーナ 0 0 2 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ウイルス性発疹症 0 0 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 異型肺炎 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0◎ここ3シーズンのインフルエンザ患者数の比較(*1997年は50-53週)
第49 50 51 52 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12週 1997-1998 *0 0 0 0 0 0 5 42 146 131 53 20 0 0 0 0 1998-1999 0 0 0 0 0 22 37 41 52 28 15 12 20 18 36 11 1999-2000 0 2 8 5 8 14 16 51 125 88 361月〜2月にかけてはインフルエンザ一色となりましたが、1月号にも書いたとおり、咳が主なタイプ、吐いて下痢するタイプも残っており、特にロタウイルスよる胃腸炎では症状が強めに出ることが多いようです。水痘、おたふくかぜも小規模の流行が続いているようです。
発行 2000年2月22日 通巻第47号
編集・発行責任者 久芳 康朗
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