■ 八戸市の小児時間外救急医療システムを考える  ※この原稿は青森県小児科医会報 No.3(2001年5月発行)に掲載されたものです。

くば小児科クリニック 久芳康朗

はじめに

 昨年(2000年)の7月に、八戸市医師会の地域医療連携推進・支援事業と勤務医部会の共催で、第8回勤務医と開業医の話し合いの会が「小児時間外救急と病診連携」のテーマの元に開催され、小児科のみならず内科や関係各科の勤務医・開業医が多数出席して議論が白熱しました。この会の議論をふまえて八戸市小児科医会でも話し合いが持たれ、同年9月から休日夜間急病診療所に平日も小児科医が原則として毎日出動する体制となったことは、この会報における八戸市小児科医会の活動報告にも述べられているとおりです。

 私はこの会の司会を務めさせていただいたた立場から、歴史的経緯と問題点などを振り返りつつ今後の八戸市における小児一次救急医療の方向性について私見を交えながら考えてみたいと思います。なお、この文章はネット上で一般にも公開することを前提として書いたことをあらかじめおことわりしておきます。

八戸市における時間外救急医療の経緯

 八戸市は、医師会の先輩方の献身的な努力により全国的にみても先進的な時間外救急医療体制をいち早く創りあげた地域として知られており、その功績により数々の褒賞に輝いていることはご存じの通りです。歴史的経緯については『八戸市医師会50年記念誌』における鈴木竹一先生の記載から抜粋させていただきます。

(1) 在宅当番医

 昭和35年(1960年)に、引き受け手がないまま亡くなった救急患者をきっかけにして、全国で初めての夜間当番医体制が実施されました。昭和48年(1973年)の患者数は平日夜27〜73人(平均43.9人)、日祝日(24時間受付)141〜216人(平均170.5人)、うち小児は66.7%でした。

 しかし、医師は24時間診療を強いられる中で、市民からは夜間診療当直医と思われるようになり、昭和50年(1975年)には午前0時までに短縮した上で、広報活動により市民に制度を理解させて無用の混乱を避けるよう努力することを市に求めました。平成5年(1993年)には午後11時までとなって現在に至っています。

 その後も、医師の高齢化や一般診療所の無床化が進み、急病診療所がオープンしたこともあって、在宅当番医引き受け施設は減少傾向にありました。平成7年(1995年)から「かかりつけ医推進モデル事業」が開始されて勤務医と開業医の話し合いの会が回を重ねて開催される中で、引き受け施設は若干増加しましたが、平日の患者数は平均10人を割って減少傾向にあります。日祝日は平均70〜80名と十分に機能を果たしているものの、在宅当番医は慢性的な欠乏状態にありその将来像については議論のあるところとなっています。

(2) 急病診療所

 昭和60年(1985年)秋に、阿部孝志先生らのご尽力により市内の根城に建設中であった八戸市休日夜間急病診療所が開院となり、当初は内科系(内科・小児科)1名、外科系1名の体制でスタートしました。翌昭和61年(1986年)より、年末年始は内科系を2人体制(内科と小児科)としましたが、八戸市立市民病院小児科からの協力が得られたことに加えて、東北大学小児科から医師を派遣してもらえた時期もあったようです。現在、年末年始の内科・外科は岩手医大から派遣されていますが、小児科は市内開業小児科医だけでカバーしています。

 患者数は、開所以来月平均1,000人、年間12,000人ペースで推移しており、平日は平均21.6人、日祝日87.6人、内科系が75%でそのうち小児が44%(全体の33%)となっています。一方、在宅当番医受診者は24%が小児科の患者だとのことです。

小児救急医療に対する需要の高まり

 八戸市では公的三病院(市民病院、労災病院、赤十字病院)を中心とした二次輪番体制が確立しており、他地域で問題になっているような二次三次救急の連携は非常に良好に保たれています。上述のように一次救急についても体制としては整っている地域と言えますが、現実問題としては、最近の専門医指向の中で急病診療所においても小児、ことに乳幼児は小児科医に平日もみてほしいという要望が利用者の側から出続けているのに加えて、小児科を普段見慣れていない内科医からも内科系二人体制を望む声がありました(逆に小児科医の側にも大人はみたくないという本音もありましたが)。

 二次輪番病院においては、二次三次の患者に比べて一次救急の患者が多く、その中でも特に小児科の軽症患者が多いという傾向が続いており、日中に開業小児科医を受診しているのに発熱などの症状で受診する患者が後を絶たず、「一部の開業医では夜具合が悪くなったら病院を受診するように言っているのではないか」といった指摘も受けておりました。また、少子化にともない子どもは大事に育てられるようになり、具合が悪くなればいつでもみてほしいといういわゆる「コンビニ医療」の需要が高まる中で、急病診療所が閉まった後の深夜帯に病院の救急外来を受診する小児の軽症患者も少なからずあり、深夜帯も急病診療所で対応してほしいという声も高まっていました。

 そのような状況下で、前述のかかりつけ医推進モデル事業と勤務医部会の共同事業として、平成7年(1995年)10月に第1回の勤務医と開業医の話し合いの会が「八戸地域における救急医療−軽症患者の実態」というテーマの元に開催され、以後平成8年(1996年)2月に第2回「開業医からの患者紹介時の対応/休日夜間診療所の調査結果等」、平成9年(1997年)4月に第4回「もう一度救急を考える」と救急医療、特に小児の一次救急患者の動向とその対策について議論が重ねられてきました。

 平成8年(1996年)12月には八戸市小児科医会でも話し合いが持たれ、平成9年(1997年)3月から土曜・日祝日に限って内科系の内科・小児科二人体制がスタートしました。この時、当初は小児科医のマンパワーに配慮して、平日でも土日でも各自が出動できる日に出るようにして内科系二人体制がとれる日を増やすという合意に至ったはずなのですが、主に採算面の問題から土日に限定する形になったと聞いています。

 この体制になった前後の急病診療所における患者数の推移が今回の会で提示されたので、主な部分だけを引用してみます(表1)。

内科小児科外科
平成7年4月〜8年3月4,9984,4732,436
平成11年4月〜12年3月6,0146,4392,293
増 減+20.3%+44.0%-5.9%

表1 休日夜間急病診療所の患者数の推移(全体)

 そのうち、土日祝日だけを抜き出してみると次のようになります(表2)。

内科小児科外科
平成7年4月〜8年3月2,7392,8081,471
平成11年4月〜12年3月3,4904,8771,282
増 減+27.4%+73.7%-12.8%

表2 休日夜間急病診療所の患者数の推移(土日祝)

 このような土日に大きく突出した小児科患者の増加傾向は、小児の時間外一次救急患者の自然増加だけではなく、小児科医が出動回数を増やして土日祝日は小児科医にみてもらえるという情報が広く知られるようになったことが大きな要因と考えられます。

第8回「勤務医と開業医の話し合いの会」の議論から

 しかしながら、急病診療所における小児科医の出動回数と小児患者の増加にも関わらず、二次病院における軽症小児患者の問題は解決されることなくより大きな声となって返ってきた結果、今回の第8回勤務医と開業医の話し合いの会が持たれることになったというのが実状です。この会の記録集から議論の内容を振り返ってみると、そこで問題とされた主な意見は次のようなものでした。

 後日、県の主催で開催された第1回の八戸地域保健医療圏小児救急医療対策協議会の記事が「はちのへ医師会のうごき」に掲載されていましたが、そこでも上記と同様の意見が出されており、行政の側からとりうる対策も検討されていくものと思われます。

現在の状況(表3)と今後の展望について

○ 休日夜間急病診療所内科・外科・小児科(在宅当番医が小児科医の場合は無し)
平日19:00〜23:00
日祝日12:00〜18:00
18:00〜23:00
○ 在宅当番医全科(小児科医は月5回程度)
平日19:00〜23:00
日祝日 9:00〜18:00
19:00〜23:00

表3 八戸市の一次救急医療(2001年3月現在)

 新しい体制がスタートしてから7か月が過ぎましたが、現在、市内の小児科開業医の中で在宅当番医を引き受けているのは5名で、そのうち4名は急病診療所にも出動しており、急病診療所のみが11名となっています。2001年3月の実績では、平日が26日、日祝日が5日(昼夜交代で10回)、合計36回の当番を16名の小児科医が交代でこなしており、急病診療所の出動回数は1〜3回、在宅当番医を含めると4回の方が2名となっています。年末年始やゴールデンウィークではこれにプラスして出動回数が増えることになります。

 インフルエンザの流行期などをのぞけば平日の夜はさほど忙しくないことが多いので、普段は看護婦に任せているような患者指導もボランティア的な気持ちで行うことができるのがメリットと言えなくもない、と勝手に納得していますが論点がずれるので戻します。

 今回、在宅当番医を含めた形で、年間を通してほぼ全ての日に小児科医が時間外に直接対応できるようになったことは大きな前進であり、全国的にみても先進的な体制をつくることができたと評価しています。システムとしては、これ以上のものを求められても逆に歪みが生じて維持が難しくなるものと思われます。八戸市ではここ数年で小児科開業医が増加しているので何とかこなせていますが、10年20年先まで大丈夫という保証はどこにもありません。現状でも、年末年始には他科開業医が休んでいる中で小児科医の負担が突出していることに潜在的な不満がないわけではありません。

 八戸のような大学を持たない地方都市で一次医療の24時間対応は開業医だけでは不可能であり、今後も深夜帯は各病院の内科の先生の協力がなくては維持できません。全国的にみると、救命救急センターに急病診療所を併設して診療所と病院の医師が共同で24時間体制をとっている地域もあるようですが、当地域では長期的にはともかく数年から十数年の中期的には現在と同じシステムでやっていくことになるでしょう。また、急病診療所の地域偏在という指摘も出ましたが、実際には周辺町村の広い範囲から受診しており、八戸市内だけでの地域差を論じるよりも広域の二次医療圏における子どもたちの一次救急をどうするのかという視点で考える必要があります。そういう意味で、前述の八戸地域保健医療圏小児救急医療対策協議会での議論の行方も注目されます。

 終了時間の延長を望む声もありますが、例えば午前0時まで延長したとしても、急病診療所の受診数や深夜帯に病院を受診する患者数にはさほど影響せず、そのままスライドするだけで根本的な解決にはならないものと推測されます。コンビニ医療という言葉は言い得て妙であり、確かに夜中にあいていると利用する場合もありますが、どうしてもその時間でなくてはいけないという場合は本来さほど多いわけではありません。

 在宅当番医についてはこの稿では詳しく論じませんが、そのシステムが時代に合わなくなってきていることは確かで、私も引き受けていません。全くの私見になりますが、土日祝日などに限定して存続させることにして一次医療システムを急病診療所を中心としたものに整理していくのが現実的ではないかと考えます。

 今回の対策により、病院に電話で問い合わせがあった場合にはまず急病診療所を紹介するというルートができたことは現実的な解決策と言えるでしょう。しかし、急病診療所の受診数が更に増えたとしても、これまでの経緯を考えるとそのまま各病院の一次救急患者の減少につながるかどうかは疑問が残り、電話なしに直接受診したり深夜帯に受診する患者さんを減らすことには限界があると考えられます。非常に簡略化して書くと、数の問題と質の問題が存在していて、今回の目標は一次救急患者を数の問題として病院から急病診療所に移動させることにありました。ところが、病院の先生方から突き付けられていたのは数だけでなくむしろ質の問題の方が大きいように感じられ、それは議論の中で何度も指摘された患者教育の問題と言い換えられるかもしれません。

 しかし、患者教育と一口に言ってもそれぞれの小児科医である程度の幅があり、それは医療機関の個性化・差別化という意味では特に問題とは言えず、患者さんが自由に選択する時代に入ってきているのが現実です。患者教育の中身にまで踏み込んで小児科医会の中で議論することは現実的ではありません。また、いわゆるドクターショッピングは医療者側からみると問題のある受診行動の代名詞のように思われていますが、開業医で大丈夫だと言って帰した患者さんの中に悪化したり判断のミスが含まれていることは当然あり得るので、最近の大病院指向の中で、夜心配になって病院を受診することを頭から否定することもできません。問題があるとすれば、最初の開業医でどの程度の説明と情報提供がなされて患者さんに納得してもらっていたかということと、夜間の救急システムについての情報が伝えられていたかどうかといった点ではないでしょうか。

 現在のシステムを維持することを前提として、病診の連携を良好に保ちながら患者さんにとって最もメリットがあるよう、それぞれの小児科医が自らの責任において患者さんへの指導や情報提供など考えられる対策をとっていく以外にありません。ここで私があらためて書くまでもありませんが、例えば、院外処方のみならず院内処方でも薬の名前や用量などの情報をプリントして渡す/解熱剤の坐薬は風邪をひいていないときにも常備するように指導する/喘息の発作改善薬(吸入・経口)も同様に常備させるようにする/日中受診したときに熱が出ていなくても解熱剤を持っているかどうか確認する/熱が出ているときには、どれくらい続く見込みかを伝えるようにする(特にインフルエンザの場合)/診断がついているときには病名を(特に喘息の場合)、そうでないときにはその時点での状態と評価を言葉に出して伝える。言ったつもりなのに伝わっていないことがしばしばあり、帰宅してから不信の種になることがある/プリントなどを用いて家庭での看護の要点などを伝える/夜間の電話対応など可能な手段を伝え、連絡がつかない場合には急病診療所を受診するというシステムを理解してもらうようにする、などといったことが考えられます。

 患者教育に関連して広報の問題も指摘されましたが、行政の広報も読む人は読むが読まない人は読まない。夜間に病院を受診する人の大半は後者のタイプではないかという指摘もありますが、そのような方にも目につきやすい様々な手段を用いて伝えていく努力は必要でしょう。夜間に受診する親御さんは育児の経験も知識も乏しく医療側からみると賢い患者さんとは言えないかもしれません。しかし、親としての愛情は十分すぎるほど持っているので、その気持ちを否定せずに上手く導いてあげることが出来れば理想的なのですが、常にそう上手くいくわけではないのが難しいところです。夜間の電話での対応も、殆どの患者さんは受診するつもりでかけてくるので、状態を聞いて指導のみで翌日受診するように説明して納得したように思えても、翌日に来ないことが続いたりすると難しさを痛感します。

 広報という意味では、良くも悪くもメディアの影響は非常に大きいと言わざるを得ません。インフルエンザ脳炎・脳症のニュースを流すと、キャスターとも言えないようなアナウンサーが「怖いですね」と単純に恐怖を煽り、抗ウイルス薬による治療の話題にからませて、熱が出たらできるだけ早く病院に連れて行かないと脳炎・脳症になるかと思わせるような構成で話を運ぶ。同じくインフルエンザの流行期に救急車の出動回数が激増したというニュースも、特別の注釈のないまま流されるとインフルエンザで熱が出たら救急車で病院に行くのが普通なんだと思う人がいてもおかしくない(実際には老人などが主だったと思われるが)。テレビドラマで主人公の子どもが熱を出すと「大変、高い熱!」と周章狼狽し、慌てて医者の往診を頼んだり救急病院に運び込んで入院したりするステレオタイプな描写。長年みてもらっている主治医よりもTVでみのもんたが言ったことの方を信じて薬をやめてしまう患者。ここで「メディアリテラシー」という概念がこの国に定着するかという議論をしても仕方ないのですが、メディアと医療側とが批判をぶつけ合う前に、医療の側からメディアに向かってアピールしながら相互理解を深めていき、地域レベルにおいてもメディアを上手に使って小児科医からの情報を一般に発信していく努力が求められているのではないでしょうか。

 子育て支援という観点から患者指導を考える必要があると会の最後に述べられているように、病気の時の受診行動だけを取り上げて問題を議論しても根本的な解決にはならないでしょう。かかりつけ医として育児不安に対応できるように、もう少し診療所の外に出て、乳幼児健診や保育園・公民館・子育てサークルなどを利用して、かかりつけの小児科医を持って普段から受診したり相談したりしながら信頼関係を築いていくことの重要性を伝えていくことから始めなくてはと考えています。

 →関連ページ「休日・時間外に具合が悪くなったら(2000年9月改訂版)」

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