■ くば小児科クリニック 院内報 2003年6月号


● 新型肺炎SARS特集 〜 日本上陸X-dayにそなえて

 SARSについて3・4月号でも少しずつ情報を掲載しましたが、その後連日TVや新聞等で報道されており既に概略はご存じかと思います。一部に過剰反応と思われる対応(ハワイ帰りの小学生を隔離等)もあるようですので、「その日」に備えて必要と思われる情報を整理してみることにします。

<流行状況>

 流行の中心は広東省から香港、北京へと移り、現在は台湾が中心となっているようです(5月末現在)。一方、ベトナムではいち早い隔離対策が功を奏して流行を終息させ、一般的な感染症対策の重要性を世界に示しましたが、制圧の中心となって活躍したのWHO医師が亡くなり事態の深刻さを実感させました。カナダのトロントではいったん制圧宣言を出したものの再び流行がぶり返しており、このウイルスの厄介さを示しています。

 日本では、SARS感染台湾人医師の関西旅行や、八戸港SARS疑い患者などの騒ぎがありましたが、幸い国内での感染例は公式にはゼロのままです。ある専門家は「これだけ人の行き来の多い時代に奇跡的だ」と言っていました。一方、八戸港でSARS疑い患者を診察した岩崎恵美子医師(仙台検疫所長)は「全く日本に入っていないかというと、おそらく海外で感染したものの完治して帰国した日本人はいると思います。SARSは大部分は自然治癒するわけですから。治っていれば感染力はないので心配ないし、次の感染は起こりません。現代では、こういう新しい感染症は次々に起こって、それがあっという間に広がってもおかしくありません。アジアは人の動きが激しく、人口密度も高いので、人から人への感染症では非常に危険な地域です。今回のSARSの感染拡大は、人から人へうつる感染症の怖さを学ぶ最も良い例だと思います」と述べています。岩崎医師の活躍については『検疫官―ウイルスを水際で食い止める女医の物語』(小林照幸、角川書店)に描かれていますので興味のある方はどうぞ。

<死亡率>

 当初、SARS確診例(肺炎発症)の死亡率は3〜4%とされていましたが、WHOは最新のデータに基づいて見直した結果、死亡者数を患者数で単純に割り算した死亡率は7.2%だが、様々な誤差の影響を除いて推計した死亡率は14〜15%にも達するという衝撃的なデータを発表しました(5月7日)。また、死亡率には地域差があり(香港11〜17%、シンガポール13〜15%、カナダ15〜19%、中国5〜13%、ベトナム8%)、年齢によって大きな違いがあることもわかってきました。

24歳以下1%未満
25〜44歳6%
45〜64歳15%
65歳以上50%以上

 この死亡率は、エボラ出血熱(50〜90%)や日本脳炎(20〜50%)よりは低いものの、インフルエンザ、はしか(いずれも1%以下)より高く、特に中高年の方が発症すると予後は良くありません。

 5月26日現在、SARSの患者(可能性例を含む)は世界全体で8,202人、死亡者は725人、患者に占める死亡者の割合は8.8%にまで上昇しています。

<SARSの治療>

 SARSも多くの患者は自分の力で治癒しており、診断基準を満たさずに治った方は上記の死亡率の分母には含まれていません。肺炎を発症した方の治療については、リバビリンという抗ウイルス薬(効き目は不十分)やステロイドなどが試されていますが、特効薬はありません。人工換気療法などの全身管理をしっかりと行った施設では死亡率が低く抑えられているようです。漢方薬は免疫を賦活するなどの作用で効果はあるものと考えられ、中国政府が日本の漢方薬を大量に買い付けたというニュースも流れました。漢方薬の主な目的は病初期から使って重症化を防ぐことだと考えています。

<今後の予測>

 これについては誰も確たる事を言ってませんが、ウイルス感染ですから季節性があるはずなので、夏場にかけて中国や台湾での流行もいったんは下火に向かうものと考えられます。しかし、これだけ蔓延したウイルスが根絶されるとは考えにくく、米国の感染症研究の第一人者も「今年の冬に猛威をふるう」との見通しを米議会で証言しています。風邪ウイルスの変種であるSARSウイルスは、低温で空気が乾く時期になると急速に広がる恐れが強く、インフルエンザの流行と重なるとこの2つの病気を1回診察しただけで見分けることは非常に困難であると考えられます。

<SARSウイルスの謎> 鳥から獣、獣から人へ

 SARSウイルスはコロナウイルスという風邪ウイルスの新種であり、既知のコロナウイルスと遺伝子配列を比較した結果、鳥類に潜んでいたコロナウイルスから数十年〜100年前に分かれた可能性が高く、少なくとも10年くらい前から何かの動物に潜んでいた可能性があることが分かりました。

 香港大は、SARSウイルスはジャコウネコ科のハクビシン(白鼻心)から感染した可能性が高く、タヌキからも同じウイルスを検出したと発表しました。ハクビシンは広東など南方系の中華料理で高級食材となっているそうで、日本でも野生で生息していたりペットとして飼われているそうです。

 これらの動物から人に感染していった経路はつかめていませんが、森林や湿地破壊などの環境破壊と地球温暖化によって動物と人が接触する機会が増えたことが原因だと考えられています。

<ワクチン>

 SARSウイルスは、インフルエンザウイルスと同じ「RNAウイルス」の仲間で、突然変異を起こしやすく、3月から5月までに数回〜十数回の突然変異を起こしていたとの報告もあります。 そのため、SARS対策の切り札となるワクチンをつくるのが難しく、安全性の確認も含め実用化まで少なくとも2、3年はかかると見ています。

<SARS対策の7原則>

 SARSは元々風邪ウイルスが変異したものですから、対策は一般的な風邪の予防策しかないのですが、うがいや手洗いで風邪の流行をゼロに出来ないのと同じように、SARSも自然に任せていては流行の拡大を抑えきれません。下記の7原則はあるところに書かれていたものを一部アレンジしたものですが、根本的な対策は、感染者および接触者を徹底的な隔離し、一般の人が接触しないようにすることに尽きます。

1) 最新の発生状況を把握し、できる限り流行地域には行かない
2) 流行地域から帰国して、症状が出たら、家族との接触を避け、必ず電話で連絡してから医療機関を受診する
3) 十分な流水による手洗い、うがいを徹底する(※流行地域の注意)
4) 電車、娯楽施設など不特定多数の人が集まる場所はできる限り避ける ※
5) 不特定多数の人が触れるものを触った手で口、鼻、目などを触らない ※
6) 飛沫を防ぐよう、マスクをする。ウイルスを完全に遮断するには医療用マスクが必要だが、一般の人は通常のマスクでも構わない ※
7) バランスのよい食事、十分な睡眠で免疫力を維持する

<SARSの症状>

 38℃以上の急な発熱、咳などの呼吸器症状、頭痛、筋肉のこわばり、全身倦怠感、下痢

<SARSを疑って医療機関を受診する場合には>

 八戸ではSARSを治療する医療機関として八戸市立市民病院が指定されています。当初、開業医などの一般の医療機関で診察してSARSが疑われる場合に指定病院に搬送するという方針が出されましたが、これでは院内感染を防ぐことが難しいため、SARSが疑われる人は指定病院を直接受診するように変更されました。なお「接触の可能性はほとんどないが心配だから念のため受診する」といった場合は、従来通り当院などの一次医療機関を受診することになりますが、受け入れ準備や他の患者さんへの感染防止対策などがありますので、必ず電話で連絡してから受診するようにして下さい。

<SARSの最新情報>

 感染症情報センター
 http://idsc.nih.go.jp/others/urgent/update.html


院内版感染症情報

 6〜7月にかけては、高い熱が出るタイプ、熱と腹部症状、手足の発疹(手足口病)、喉のポツポツ(ヘルパンギーナ)などの様々な「夏かぜ」ウイルスが流行する季節で、一般的に合併症は多くないのですが、熱性けいれんと水分補給不足による脱水症に注意してください。


○ 6〜7月の休診日、急病診療所、各種教室の予定

 6〜7月の休診はありません。急病診療所当番は6月4日(水)夜、14日(土)夜、29日(日)昼で、7月の当番は未定です。次回の赤ちゃん教室は7月19日(土) 、第2回ぜんそく教室は7月26日(土) の予定です。
 6月の予定表は5月号に掲載されていますのでそちらをご覧下さい。


発行 2003年6月1日 通巻第87号
編集・発行責任者 久芳 康朗
〒031-0823 八戸市湊高台1丁目12-26
TEL 0178-32-1198 FAX 0178-32-1197
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