『医師とたばこ−医師・医師会は何をすべきか』(デビッド・シンプソン 著、日本医師会 訳)第9・10章(HTML版)
 →全文のPDFファイルは日本医師会の禁煙キャンペーンのページからダウンロードできます

第9章 医師の認識を高める:医師会(NMA)への働きかけ

 この章では、医師のたばこに関する認識を高めるために各国医師会(NMA)が果たす役割についてまとめてみたい。
 なおこの章では、各国医師会の会員自身に向けた働きかけの概略を述べ、次の章では、医師会外に向けた働きかけの概略を述べることにする。

本章の要約

●医師の喫煙習慣と喫煙に対する態度に関する調査の遂行
●調査の結果の公表
●医師会内でたばこグループを作る
●喫煙に関する会員の教育
●医師会の建物内を禁煙とする
●医療関係のメディアの活用
●医師への禁煙支援の要点説明
●医師による禁煙支援活動のサポート
●医師会の資産内容を見直し、たばこ産業の株の保有を排除する

 たばこ問題に関する知識は、各国で多様に異なっており、各国の知識の現状が、本章で述べるような活動レベルを決定することになる。

たばこに対する医師の意識がすでに高い場合

 たとえ医師の認識がすでに高くとも、この主題を無視してしまってはならない。たばことの長い戦いのために医師の役割を改善していくためには、学ばねばならぬことはいくらでもある。たばこに関する問題には、次のように日々新しいことが出てくるからである。

●新しい科学的研究の知見
●禁煙支援方法における新たな進歩
●新しい政策の展開

 しかも、常に新しい医師が誕生しており、その医師たちは、たばこに関しての教育が必要である。

たばこに対する医師の意識が低い場合

 なかには、たばこの全体像を把握している医師がほとんどいない国もあるであろう。そういった国では特に、科学的証拠、たばこの政治、経済、たばこの販売促進活動などの重要項目を、医師会のより徹底した幅広いプログラムヘ組み込んでいく必要がある。

医師の喫煙率の調査

 医師会会員を調査するという考えは、すでに過去の出版物でたびたび強調されてきた。その主なものとしては、WHOの「喫煙のないヨーロッパ」(付録3参照)での最初の出版物『The Physician’s role(医師の役割)』が挙げられる。
 たばこコントロール情報センター(付録3参照)は、医師の喫煙調査に関する標準プロトコールを作成し、広くヨーロッパの医師における喫煙習慣に関する調査を調整している。

なぜ医師の喫煙率を調べるのか

 医師がどのくらいたばこを吸うのかを知ることは重要である。定期的な調査をすることでその進歩をはかることもできる。また、喫煙率の調査は次のような側面ももっている。

●もし医師の喫煙率が低ければ、医師会をモデルとして一般の人々にアピールできる
●もし医師の喫煙率が高ければ、この問題解決が優先されるべきである

医師のたばこに対する態度

 医師のたばこに対する態度や行動に関する調査は、医師がとるべき活動と方向を示し、また医師会に対し、その会員医師たちのたばこへの働きかけを最大限引き出すためには何をすべきかという道しるべを提供する。
 そのような調査は定期的に行われるべきである。最大限、調査の効果を得るためには、専門家、たとえば有能な統計学者を、質問用紙や方法論のデザイン作成のために採用することが不可欠である。

スウェーデンの経験

 スウェーデンの医師の喫煙率はほぼ30年にわたり調査されてきた。そこでは、無作為に抽出された5%の医師が調べられ、価値ある情報を生み出してきた。この30年間で、毎日喫煙者は46%から6%へと減少し、喫煙者の吸うたばこの本数は1日13本から5本へ減少した。興味深いのは、喫煙しないことの理由で、「医師は模範として禁煙を率先する」というのが10%から71%へと増加したことである。開業医(家庭医)の喫煙率はもっとも低く(4%)、精神科医の喫煙率がもっとも高かった(11%)。

調査結果の普及

 どのように調査の結果を医師たちに知らせ、そのことによっていかに喫煙を減らせるかはある意味ではその調査の性質にかかっている。
 医師会は次の点を考慮すべきである。

●医師会会員に知らせる
●結果は医師会雑誌に公表する
●外部の医療関係マスコミに知らせる
●すべてのマスコミに知らせる
●医師の喫煙に関する傾向と問題を検討するため、出版と同時に特別会議や討議を開く

図24 EU における一般医と一般人口の喫煙率の比較
(Erom Fowler,by kind permission of Karger, Basel)

取り組むべき問題が多い場合

 医師会が喫煙に関する問題に取り組むという固い決意をもっているならば、とくに医学または科学関係のメディアにサーベイランスの結果を公表することをためらうべきではない。高い喫煙率を示す調査であっても、その結果を肯定的に利用することができる。医師会は、調査はつぎのようなことを示したと説明すべきである。

●医師会がたばこコントロールに取り組むことの正当性を示す
●医師会は自ら行いを正しつつあることを示す
●たばこによる弊害を日常目にしている医師でさえたばこをやめる戦いの最中であり、医師もたばこに依存していることを示す
●政府がこの問題に真剣に取り組まなければならない理由を示す

調査結果が良好な改善傾向を示すときは

 喫煙率が低い状態であったり、または過去の調査に比べ大きな改善が認められれば、その結果をより広く知らせる必要がある。

医師の喫煙についての釈明

 医師の喫煙に関する詳細なデータを公表する際には特別に注意を払わなければならない。というのも、医師による喫煙はすべて、医師または医師会会員が一般の人々に禁煙を促す時に、皮肉っぽい外部者に対して偽善の証拠だとの印象を与える可能性があるからである。そういったことに配慮し、多くの喫煙者にたばこが依存性のあることを認識しながら、たばこに関する有用なメッセージを促進するために、調査のあらゆる結果を利用していかなければならない。医師の喫煙率が一般人口のそれに比べ大幅に低ければ、その結果を用いて、たばこの有害性を強調することができるし、喫煙をやめることを支持する世論を増やすことができる。

たばこグループを立ち上げる

 医師会員や事務局員の喫煙に関する一般的な関心を、実際のプログラムヘと進展させるためには下記のような、いくつかのきっかけが必要である。

●医師会の会議で決議をする
●会長または議長の個人的関与
●喫煙問題を憂慮している会員からの圧力
●医師会雑誌の記事

 たばこグループの中では、女性や少数派の意見がよく反映されるようにする。そうすることによって関連するアイデア、手法、そして連携すべきコネクションが得られるだけでなく、医師会内外においての信頼性が高められる。

 典型的な実戦部隊として活躍するのは、がんや心臓病など喫煙の悪影響を日常みている専門家の、呼吸器内科医、心臓血管外科医、公衆衛生医、疫学者である。そのような専門家たちは、たばこグループの中心核となる可能性が高い。ただし、彼らが成功するためには、さまざまな段階での計画と実行を公式の医師会活動として位置づけることが必要である。

長期のキャンペーンと大規模な参画

 はじめに、たばこコントロールは開始と実行に長い年月を要し、驚くほど複雑な問題であることを認識することが重要である。プログラムを指揮する人は、多くを学ぶ必要があるし、そのためにも医師会と実際に参加している人々の献身的貢献が必要となる。成果を上げるには、1年とか2年のキャンペーンで終わってしまうものであってはいけない。それゆえ、医師会の積極的な関与が不可欠で、医師会役員と最も有力な会員の参画を必要とする。

 医師会総会(または会員の権限に基づく役員会議)は、次のようなことをする必要がある。

●たばこグループの設立の承認
●予算の承認(もしあるなら)
●医師会のプログラムでたばこコントロールが重大な課題であるとの合意
●たばこグループの活動の期間や範囲への合意
●医師会委員会や会員への定期的な通知のシステムの確立

上層部からのサポート

 新たなたばこグループが成果を上げるためには、医師会役員や事務局員幹部がたばこコントロールのねらいに同感している必要がある。早期の目標は、たとえその仕事に深くかかわれないとしても、たばこグループに実力者である役員が加わることである。

たばこグループの仕事を計画する

 ほとんどたばこコントロールの歴史のない国では、たばこコントロールは最初に、この章で述べられている医師会会員教育に関する活動から優先して取り組むべきである。
 医師によるたばこコントロールが確立された歴史のある国では会員教育を見直し、たばこコントロールプログラムを作成し実行すべきことはもちろん必要だが、一方で、次の章にまとめる対外活動を優先する、つまり医師会は、そのエネルギーを組織の外に向けるとよい。

会員のたばこ教育

 すべての国において会員のたばこ教育は重要で、行わなければならない仕事であり、たばこグループの果たすべき責任は大きい。特にたばこコントロールの歴史のない国では、会員の教育が当面の最も大きな課題である。たばこコントロールの経験が豊富な国では、会員の教育の目的は、医師会のたばこに関する仕事を高いレベルで維持することといえるであろう。そのためにたばこ専門グループは、特に新人医師に対し、たばこに関する情報提供をし、臨床医に対して患者への禁煙支援活動を実行するよう促していく必要がある。

どんな教育プログラムか

 その地域の状況によって、いくつかの公式プログラムを開始する。その際、次のコツが役に立つであろう。

●たばこグループは、活動可能なあらゆる機会、例えば、会議、トレーニングコースなどのスケジュールをチェックし、そうした機会を通じて、たばこに関する知識を会員に広める
●たばこに関する記事の掲載のため、医師会の出版物を大いに活用する
●できることなら常にたばこを、ありとあらゆる医師会の会議の議題とする

広報は支援を育成する

 各国医師会の会員の中には、特に喫煙関連疾患の治療の最前線にいて、医師会の出版物や他のメディアにたばこに関して喜んで広報しようとするものが多くいる。これらの人々のエネルギーを各国医師会の反たばこの取り組みに向けるようにすべきである。

“なぜこんなに大騒ぎするのか”

 たばこコントロールを始めたばかりの時期は、医師会の会員やスタッフの中には、たばこに対する活動に関与しても報われないと思う人が出てくるかもしれない。また、たばこ問題に取り組むことは、他の問題に関心を持つ人々からの要求の水門を開くことになると危倶する人がいるかもしれない。彼らには、たばこ問題が特殊な規模と性質のものであることを改めて認識してもらう必要がある。そのうちに、たばこグルーブの指導者たちは、医師会の会員たちが、なぜたばこ問題が大きな問題であるのかを理解して、彼らが継続してたばこに関する情報を得られることを知り、さらに問題解決の一端を担う技術を取得できることを保証することができるようになるであろう。

医師会の建物を禁煙にする

 医師会館内での喫煙を禁止することと医師会の会議を禁煙とすることは、ヨーロッパの多くの各国医師会ですでなされていて、実践的で象徴的な活動のひとつとなっている。医師会のたばこグループは、喫煙禁止を確実にするガイドラインを起草し、発表することで特に以下の場所での禁煙を徹底するとよいだろう。

●医師会館内の全領域
●医師会の会議(それがどこで開催される場合も禁煙)
●医師会館内で開催されるほかの団体による会議
●医師会およびほかの団体が合同スポンサーとなる会議

禁煙方針の基本的なステップ

 国ごとにとる方法は雇用法の違いもあって、それぞれ少しずつ異なるであろうが、総括的には似通っている。

●コーディネーターを設ける
●たばこワーキンググループを立ち上げる
●たばこ問題に関心のあるすべての関係者の意見を聞き、彼らを教育する
●たばこ問題を“健康と安全”問題として取り扱う
●たばこを吸わない人が職場でたばこの煙のない空気を吸う権利を保障し、一方で禁煙できないまたはする気のない人のニーズを考慮する

医師会内および会議中の禁煙の実施国

 医師会の館内を禁煙にしているのは、グルジア、オランダ、スロバキア、スイス、イギリスである。また、医師会の会議中の禁煙を実施しているのは、ドイツとマルタである。

職員のための禁煙方針

 医師会で働く職員のための禁煙方針の導入は、他の職場と同じように進めていくのが望ましい。その基本的方法は上にまとめたが、より詳細に関しては付録1に示してあるので参考にして欲しい。

医療メディアの活用

 医療メディアとすでによい関係を築いている医師会では、より幅広く禁煙のメッセージを伝えるためそのコネクションを利用することは、日常活動のごく自然な延長としてとらえられる。医師会から提供されるたばこに関する最新情報は、多くの医療雑誌の編集者や医療ジャーナリストたちにとって多くの利点を有している。

●そうした話題には、医学的権威がある
●それらは、常に話題となりうる。つまり入念な計画により、たばこの話題につなぐ機会や口実が常にある
●そこには現代社会を悩ます病気の予防という重大な根本的テーマがある
●医師は、インタビューしたり引用すべき十分に権威ある専門家である
●子供たちに関連することはジャーナリストにとって大きな魅力であり、子供たちの保護は、たばこコントロールの強力な動機づけとなる

 そして、たばこ産業が関係するところには、(それはたばこのどんな話でも)、健康対貪欲、また真実対虚偽に代表される、古典的な善玉対悪玉の要素がある。

たばこに関しメディアと密接な関係をもつ

 どの医師会もすでに、メディアとそれぞれつながりをもっていることだろう。たばこ問題でメディアと頻繁に連絡をとることにより、有能なジャーナリストの中心グループはたばこに関し確実に精通し、この問題を大きく取り上げてくれるようになる。たばこ問題は別の場所で述べたように、彼らの多くが最初に思った以上に複雑な問題なのである。

メディアとの距離を縮めるには

 メディアとの距離を今よりも縮めたいと考えている医師会は、現在進行中のたばこの主なキャンペーンをメディアに強くアピールすることが、距離を縮めるよいきっかけになるにちがいない。
 医療メディアはこれまで、医師会に対して、医師の報酬や乏しい医療保険財源の配分、その他もっと伝統的な医療問題に関して質問することしか考えていなかったかもしれない。しかし、たばこのキャンペーンについて、ジャーナリストにもっと幅広い興味を提供するようなやり方を講じることによって、医師会の指導者たちとメディアとが親密に連携するようになるだろう。良いジャーナリストは皆、たばこに関して、よく準備された信頼できる情報源や説明とコメントを得られるところを歓迎し、たばこ産業の言い分を分析し、反論する際の助けを特に尊重する。彼らはたばこに関する記事をもっと充実させるために、医師会にもっと頻繁に取材を求めるようになる。こうした新たな関係ができていけば、彼らは医師会にとって関心のある他の話題も扱うようになるであろう。これは、メディアと医師会の相互にとって有益なことである。

医師会の会報誌を忘れるな!

 他の雑誌に加え、医師会が発行している新聞や雑誌は、たばこに関し、会員とコミュニケーションを取るよい手段である。医師会の会報に定期的にたばこの報告を載せている医師会は、イスラエル、オランダ、スロバキアである。

 科学的データのたばこ産業によるまちがった解釈や論点をそらせようというもくろみ、たばこ産業のスポークスマンのしかけるさまざまな罠にひっかからないように医師会がジャーナリストに要点説明をすることは、特に重要である。

医師への禁煙支援の要点説明

 医師が禁煙支援の技術や効果に関する最新の証拠をよく心得ていることは重要である。たばこに関する個人的教育のどのレベルにその医師がいようとも、医師は皆、自分が何をできるのかを知ることに意味がある。
 医師の役割とは主に次の2つの役割である。

● 禁煙したい人を助ける
● 喫煙者全員に禁煙するよう促す

現状の禁煙支援

 各国の臨床医による現状の禁煙支援は幅広いものがあり、熱心な医師は次のような行動を取っている。

●常に患者の喫煙をモニターする
●あらゆる機会を利用し禁煙を促す

 ただ、残念なことにこうした医師のほとんどは、きちんとした、喫煙のトレーニングを受けたことがないのが実情である。一方では、どこの国においても次のような医師も多かれ少なかれ存在している。

●喫煙について患者と話したことがない
●自分自身が喫煙者である
●自身が喫煙者であるために、患者の禁煙支援ができない

技巧にかたよらないように注意

 医師の禁煙支援に関する知識を高めるときには、不必要に技巧的だととられないようにバランスよくやらなければならない。医師が、専門のトレーニングなしでは患者の禁煙を助けられないと思いこまないようにしなければならない。

短期トレーニングコース

 基本的な禁煙支援のトレーニングコースは、次の2つのテーマについてのそれぞれ45分の授業で成り立っている。

●禁煙支援技術と道具、またその効果に関するデータのレビュー
●医師がどのように喫煙患者をモニターし相談にのり、そして禁煙の手助けをするべきか

 医師会は禁煙支援にもっとも知識と経験があり、コースの講師になれる医師のなかから、小さいトレーニングパネルを構成する。35ミリスライドや、ビデオテープなどを、コース授業のために集めて利用してもよい。
 こうしたコースは、ほかの多くのトピックスに関するセミナーの中で取り上げられてもよい。たとえば、心臓病、がん、胸部疾患に関する会議やセミナー、またはこの分野の専門医や一般内科医の生涯教育の一要素として、提供されてもよい。

トレーニングは望ましいが必須ではない

 禁煙支援の情報と技術は、医師にさまざまな形で提供できるが、医師会のたばこグループ(専門家による禁煙支援小委員会があると有用である)は、以下のことに気をつけるとよい。

●医療雑誌:定期的に禁煙支援の方法を取り扱うこと
●トレーニングコース:医師会の禁煙支援小委員会を含む、専門家の中核グループをトレーニングすることは有用である
●幅広い範囲のセミナーの中で使える簡略なトレーニングコースを作り、キーとなる講師に講義をしてもらう

禁煙支援活動で医師を助ける

 次の2つの側面がある。

●喫煙している医師が禁煙するのを支援する
●患者が禁煙するのを支援するようにすべての医師に促す

 2番めの話題は6章で取り上げたので、ここでは、医師自身の禁煙を促進することについて取り扱うことにする。

喫煙医師の禁煙を助ける

 初めに強調しなければならないのは、一般の喫煙者、そして、特に喫煙する医師とつきあう場合、もしまちがった方法をとってしまうと、効果があがらない危険性があるということである。

この場合の間違った方法とはなにか

 多くの喫煙者は喫煙習慣を擁護するので、彼らは禁煙に関するどんなコメントに対しても、批判的で、偉ぶっていて、横柄で、自分たちの苦境に対する理解が足りないとか、かなり否定的に捉えがちである。そして禁煙のメッセージを片づけてしまう。このような状況を避けるためには、メッセージはできるだけ客観的なものとすることが重要である。価値判断的トーンを避ける必要があるが、一方で禁煙が緊急を要する優先事項であることを明らかにして伝えなければならない。また、このような反応を引き起こす、否定的なプロセスを理解し、このような反応を引き起こす機会を最小限にすることも重要である。

喫煙者の否認

 喫煙者は、喫煙の危険性を聞けば聞くほど、心のどこかに禁煙しなければという気持ちが芽生えてくる。特にその喫煙者が医師であれば、健康問題に優れた知識を持っているがゆえに、なおさらこの気持ちが強くならざるをえないのである。そして、「有害だとわかっていながらなぜたばこを吸い続けるのか」という明白な疑問に対して、常識あるものは回答を求める。
 もし喫煙者が、喫煙の依存性を認めないなら、喫煙しつづける唯一の理屈の通った説明は、たばこの有害性が人がいうほど大きなものではないということになる。
 しかし、このことは、まともな議論としては通用しないので、喫煙者はすぐに論点を変えようとする。そして、ある人は喫煙の自由が侵されており、自分たちのほうが被害者だと反撃に出たりする。また、自身の喫煙に対するどんなコメントに対しても、攻撃的に抵抗することに慣れている人もいる。要するに彼らは、自分が喫煙者であること、さらに喫煙する医師であり、他人の悪い見本であるという問題を否定しようとする。
 自らの依存性を認めようとしない依存性の喫煙者は、「禁煙できない人は自分自身の人生を十分コントロールできていない」という暗黙の自白を恐れている。自分が自分自身の人生をコントロールできないと認めるのは恐ろしいことで、自身のイメージに反するものである。特に健康、他人の命にさえ責任のある医師にとっては、なおさらそうである。

 たばこ依存の強さを認めること、少なくともたばこ問題の重大性を認めることは、喫煙者の気持ちのバランスをくずすうえで重要であろう。そうすることで、喫煙者はたばこ問題をより客観的に捉え、たばこは自分自身と、そしてほかの人の健康に害を与えるものだということを論じることができるようになるであろう。
 そうした喫煙者、喫煙し続けることに関して基本的によく思っていない人は、「不調和の喫煙者」と呼ばれている。6章で述べた通り、この過程は禁煙するときには避けて通れない段階なのかもしれない。

行動を起こすため考えること

 医師会のたばこグループが医師の禁煙を助けるためにとる実践的なステップとしては、禁煙を促すために何がもっとも重要かを見直すことによるが、その中には様々な場所で会議やカウンセリングのコースを設けたりすることで、直接問題に直面させ、共感的な、情報量の多い禁煙のサポートを提供することが含まれる。

図25 たばこ会社の株を保有することの倫理上の問題を反たばこ組織が追求した結果、スウェーデンの大手保険会社がたばこ会社Swedish Match社の全持株を売却した。写真は、Doctors Against Tabaccoのメンバーが1997年3月スウェーデン、ストックホルムでSwedishMatch社の株主に対して代替の年次報告を配布しているところ。
(From Tsbacco control-Swedish style, by kind permisson of the National Institute of Public Health, Stockholm, Sweden. Photo credit: Anders Kallersand)

医療メディア

●医師の喫煙習慣についての調査の結果を報告することによって、医師の禁煙の方法と利益に関する情報を自然にもたらすことができる
●たばこに関するほかの話題を定期的に取り扱うことで、医師の喫煙の問題点を改めて見直し、医師の禁煙に対するメッセージを強化することになる
●医療雑誌や地方の医師会の支部によって、医師の禁煙の促進についてもっともうまくいきそうな方法のアイディアのコンテストがあってもよいだろう

ポーランドでの主張

 ポーランドの医師会は、会員全員に禁煙するように呼びかけたと報告している。しかも、毎年医療カレンダーで繰り返し呼びかけたと報告している。この呼びかけの終わりには、次のような心打たれる声明がある。
 「われわれは、この生まれ変わった自由の国がニコチン依存の呪いから解き放たれること、そしてわれわれポーランド人医師は、ヨーロッパで最初の理性・強い意志・そして愛国心の模範となることを信じている。」“Floreatresmedica!”(『長期の医療問題!』)より。

各国医師会の資産を見直す

 多くの医師会は、直接にまたは会員か事務局の年金基金の一部分として、投資財を保有するか管理している。その資産の中にたばこ会社の株式などがあるのはごく普通のことである。しかし、もしこのことが(なんの警告もなしにあり得ることであるが)一般に公表されるようなことになると、きまりの悪いことになるだろう。
 医師会は、早急に自身の投資を見直したばこ会社の株を売り、ほかの健康機関にも同じことをするよう促すのが望ましい。たばこから利益を得ることは、どんな健康に関する機関にとっても適切ではなく、反対にたばこの株を始末することを公表することが、世の中からたばこをなくしていく過程を助けることになるのである。
 もし、もうかる可能性のあるものだけに投資するような規則があるならば(年金の基金のように)、規則そのものを変えるのが望ましい。代わりに、たばこに関係のない基金を設立するように決めてもよかろう。


第10章 たばこコントロール:医師会としての行動

 この章では、医師が、各国医師会を通じて、医療専門職としての活動以外に、どのように反たばこキャンペーンを行うべきかを述べる。これは、医師と社会のほかの分野の人々との間の相互作用、いいかえると、各セクター間の協力である。

本章の要約

●反たばこ活動のプログラムの明確化
●ほかの保健組織との協力
●メディアの活用
●政治家との協力
●保健医療施設の禁煙化キャンペーン
●医学教育への関与
●たばこコントロールを行う組織の立ち上げ
●活動の拠り所になる国レベルのたばこに関する基礎レポートの準備
●定期的調査の実施

反たばこ活動プログラムの明確化・公式化

 前章でも述べた通り、こうしたプログラムを公式な医師会活動と位置づけ、実施を手助けする特別のたばこグループを持つ必要がある。以下、こうしたグループがあるものとして話を進めていく。

各国医師会と国としての政策

 各国医師会の活動計画を作る際、国としてのたばこコントロール政策の主要な局面を念頭に置きいかにうまく医師がこの戦略に合わせていくかがポイントとなる。よって本章の引用文献は、国としての政策について述べた次章の末尾に掲載した。

国としての政策が存在するかどうか?

 その国がたばこコントロールについての国としての政策を持っているかどうかによって、各国医師会が最初に行わなければならないことが異なってくる。もし、政府によって採用されている、または国の主要医療・保健組織が承認している国としての政策があるならば、各国医師会の仕事はそれに沿ったものとなる。こうした仕事は、後でも述べるが、ほかの健康機関、特にたばこに関して同じような姿勢を採っている者との協調が不可欠である。
 もし、国としての政策がないならば、まず各国医師会がしなければならないことは、政策を起草し、広く配布し、政府によって採用されるべく、できるだけ多くの組織の協力を得ることである。

闘争の準備

 医師会のリーダーとなる人は、たばこで利益を得ている人々との長く厳しい“戦争”が始まるのだということを十分に認識しておくことが必要である。しかしながら、すべての「戦い」がそうであるように、正義の側に立ち統一して、共通の目的に向かうものには、その力をいかんなく発揮する能力と機会がある。

最優先項目

 国としてのたばこコントロールの政策の中にも、各国医師会が自ら行い得るもの、例えば広報活動や一般の人々への教育活動などがあることが多いが、国としての政策が見当たらなければ、各国医師会は次のことを最初にすべきである。

●モデルとなる政策を作る(もし未だないのならば)
●政治家に影響を与え得る組織や個人の協力を最大限得る
●作った政策が採用されるべく、ロビー活動を計画・調整する
●各段階の状況のモニタリングと、戦略の微調整
●信頼すべき最新のたばこの状況に関する情報があまりない国では、基礎レポートを作成するか、あるいは作成するよう働きかける

壮大でかつ込み入った課題…

 たばこコントロールとはとても複雑であるため、たばこグループにはさまざまな専門家をメンバーに任命する必要がある。このことを各国医師会のリーダーはしっかりと認識しておかねばならない。同時に、たばこコントロールにおいて、国レベルで目に見える進歩を得るには長い時間がかかることも知っておく[必要]がある。すぐに結果が出ないからと落胆する必要はない。[追補]

 基礎レポートの発行は、効果的たばこコントロールのための戦いの端緒として重要である。詳しくは108ページに述べるので、そちらのほうも参考にしてほしい。

既得権

 たばこコントロール運動を行うことは、政府を導くばかりでなく、強力に反対する産業界と対決することでもある。国際的なたばこ会社はどのような反たばこの方策にも反対するが、少なくとも初期には既得権をもつ他のものも、たばこに対する規制を最小限にすることにおいてたばこ会社に同調する。これらの中には、新聞や雑誌、(たばこの広告がテレビ・ラジオでの放送で未だに許されている国では)放送会社や、小売り、卸、配送、たばこ農家などが含まれる。
 さらに、たばこ産業からのスポンサーシップの誘惑に負け、それを正当化してきたスポーツ・芸術団体はたばこ産業側にとっての最も強力な味方である。

専門家の団体を含む他の健康関連機関・組織との協力

 たばこコントロール政策のモデルに関して、他の組織と共通の理解をつくりあげていく過程は、強力な反たばこロビーを作るよりもはるかに有益である。よくコミュニケーションをとり、信頼を築き、仕事を分担し、資源を共有することによって、健康に関する各セクター間のより広範な協力が得られることになるはずだ。

たばこ問題で連帯

 各専門家たちと協力するには連帯(たばこコントロール政策のモデルの具体化という共通の目標をもつ組織の緩やかな集まり)を作っていくことが重要である。定期的な会合や情報交換、共同活動を通して最大限のエネルギーと資源が得られる。
 もし、こうしたものがないならば、各国医師会がイニシアチブをとって、こうした連帯を作るようにすべきである。呼びかける対象としては、次のような職種や団体が考えられる。

●他の医療組織、特にたばこに関する臨床・研究経験のある医師を代表するような組織
●歯科医
●看護師やパラメディカルの団体
●薬剤師
●がんや心臓疾患、肺疾患の団体
●健康増進・教育団体

 ある段階に達すれば、各国医師会は、必ずしも健康に直接関係しないがたばこの規制に向けて友好的に支援してくれそうな次のような組織・団体へその連帯を広げなければならない。

●各種教育団体
●小児福祉団体
●女性団体
●スポーツ・文化団体
●宗教のリーダー達や団体
●労働組合

 これら組織の反応いかんで、会議に代表を送ってもらい、たばこコントロールに向け効率的な協力が得られるような委員会を作り上げていく。

たばこに対する労働組合の立場

 たばこ産業の労働組合は、初めは、反たばこ政策全体への労働組合としての支援表明を遅らせることに成功するかもしれないが、やがて彼らの態度も変わってくるものと思われる。
 上手に情報提供をすれば、彼らは、雇用側が必ずしも労働者と利害を同じくするものではないと分かってくるであろう。たばこの売り上げ低下による分よりもはるかに多くの仕事が機械化によって失われるのだ。

メディアとの協力

 医療メディアとの協力については前章89〜91ページで述べた。国レベルで一般メディアと協力する際も、同じ原則を用いる。

メディア用スポークスマンの設置とその教育
 たばこに関するさまざまな専門的コメントや解説をしてくれる医師やその他の人達に、医療を専門としないジャーナリストが気軽にアクセス出来るようにしておくのは極めて重要である。各国医師会はこうしたことを率先してやってくれる専門家をリスト・アップしなければならない。
 各国医師会はこれらの専門家がいろいろな質問にどのように答えればいいか、特にたばこ産業からの質問・挑戦に答えるか、短いメディア対策トレーニングコースを考えなければならない。詳しくは8章で述べている。

調整機能

 ジャーナリストと接する各国医師会のスタッフやメンバーは、仕事が孤立しないように、また努力の重複や異なった議論から生じる困惑を避けるよう、注意を払うべきである。各国医師会で大きなものは、プレスやメディア関係の仕事を調整するための職員や広報部門を持つことになろう。

ジャーナリスト:交渉は容易

 報道関係者とつきあった経験があまりない医師は、ジャーナリストのほとんどが、たとえ有名であっても、医療界における同じような地位にある人たちと比べれば驚くほど気さくで容易にコンタクトをとることができることを知らないことが多い。ジャーナリストにアクセスすることは思っているよりずっと簡単である。

政治家との共同作業

 国政レベルの政治家と働く時の基本原理は、前章で述べた地方の政治家と働く際のものとほとんど同じである。65〜66ページに、政治家に、たばこコントロールの会合やイベントへの招待を受けたいと思わせる方法を書いた。地方レベルと国レベルの差としては次のものが挙げられる。
●ロビー活動のスケール
●すべての主要な政党のそれぞれのアプローチや政策を監視し見直す必要性

監視(モニタリング)

 各政治家が、健康問題にどのように発言し行動してきたかの記録を含め監視をする。特に重要なのは、どの政治家が商業利益よりも健康を優先させた行動をしそうか、反健康、特にたばこ産業側につきそうなのは誰かである。

政治家へのロビー活動

 各国医師会でも大きなものは、健康に関心を持つ政治家と良好な協調関係を持つスタッフを有して、議会ロビー活動の機能をすでに持っているかもしれない。もしないならば、各種コンサルタントを雇うことも不可能ではないが、長期的には各国医師会内の人材でこのような機能を行い得るようにすることが望ましい。しかし、それが無理ならば代わりとして、反たばこの連帯のなかで、この分野に強い他の組織(篤志的なたばこコントロール組織[後述])がリーダーシップを発揮してもよい。
 政治家へのロビー活動は次のようなものを含む。

●好意的な政治家との定期的会合
●健康問題を検討するように任命された政治家への意見具申
●たばこ関連問題を議会で取り上げてもらう機会を見つけるべく議会日誌を調べる
●もっとたばこコントロール問題を取り上げる機会を活用するようにキーとなる政治家に手紙を書いたり要約を配布したりする
●保健省との会合
●各党の主な健康問題専門家との接触を持つべく、政党集会中開かれる会合への参加
●たばこに関する政治活動(またはその欠如)についての最新情報を政治ジャーナリストに要点説明をする

政治家へのロビー活動とEU広告規制

 EU加盟国の医師会のロビー活動が主要な要因となって、EU議会のメンバーはたばこ広告に関するEU指令の採択に賛成して、たばこ産業界からのロビー活動に対する激しい闘いに成功を納めた。多くのヨーロッパ諸国の医師会は、政府・政治家に対してたばこ問題のロビー活動を定期的に行っている。活動記録を報告している国はアルメニア、ノルウェー、ポーランド、スロベニア、英国である。

保健・医療施設を禁煙化するキャンペーン

 たばこコントロール政策の中でも各国医師会が初期に貢献できそうなのが、医療施設の禁煙化キャンペーンである。各国医師会は呼吸器科医や循環器科医、公衆衛生医など、各々の仕事の中でたばこ問題に関わってきた人たちをメンバーとして持っており、こうした人たちにたばこグループへの参加を呼びかけ、サブグループリーダーとなってもらうべきである。医療施設の禁煙化キャンペーンには多くの理由がある。

●保健医療施設を禁煙化する強力な論拠がある
●医師が最も影響力を持っている場所である
●医師には、自分達の施設を秩序あるものにし、患者やスタッフを守り、ほかへの良き例を示す責任がある

 これに関しては多くの研究文献や経験が揃う分野であり、他国の医師会とも経験を共有することもできる。

全体としての目的

 公的な場所における喫煙への他の対策と同様に、保健医療施設での禁煙は当然行うべきこととし、喫煙は特別な場所に限定され、非喫煙者がたばこの煙に曝露されないようにすることを目標とすべきである。一般的な原則は次章の136〜139ページに概説した。

リトアニアでの病院キャンペーン

 リトアニア最大の病院の1つであるカウナス・アカデミック・クリニック(Kaunas Academic Clinic)の、「たばこのない病院」プロジェクトは、合理的なたばこコントロール政策の実施、すなわち、医師や患者の喫煙率の引き下げ、喫煙者への禁煙奨励や学生の喫煙開始の予防を目的としている。

医学教育への影響、医学生への動機づけ

 医学教育への関与は、各国医師会が将来のメンバーに影響を及ぼし重要な変化を起こし得る分野である。

●医学校名簿を作成し、医学校との既存の接触を活用する、ない場合はこれを作り上げる
●医学生に対するたばこ教育に関する会議を開くことは各国医師会のたばこグループがなし得る重要なことで、詳しくは8章で述べている

広報活動のための篤志的なたばこコントロール組織の立ち上げ

 たばこコントロール・キャンペーンは、長期的活動であると同時に、特殊技能を時に必要とするため、新たに特別な組織をつくって行うのも一つの手である。次章の129〜133ページで述べる、広報活動を行う部門のもとで、アドボカシー活動がなされる。
 たばこコントロールのための特別なアドボカシー組織を持つ利点としては下記の点が挙げられる。

●このような組織では、専門家を迅速に養成し、かつ詳細な情報収集ができる
●各国医師会のスタッフはほかの責務も持っているため、たばこコントロールに関与する時間がない
●専門家は一般報道や政治情報をきめ細かくモニターすることにより、また他国の仲間と意見交換(GLOBALink;電子コミュニケーション、詳しくは付録3を参照)することにより、国際情報を含む最新情報を容易に手に入れることができる
●他の健康関連の組織と資金集めでかち合うことなくたばこコントロールのみに集中することができるので、ネットワークづくりや潜在的ライバルとの協力を制御することにつながる利害衝突を避けることができる

 資金集めは、こうした活動組織の立ち上げの際には重要な事項である。各国医師会やその他たばこコントロールに関わる機関は、がん協会や心臓病協会、胸部疾患協会といった補助金交付団体に対して、たばこコントロールは予防医学上最も重要なものであるとの説得に努め、資金を調達しなければならない。
 篤志的なたばこコントロールのアドボカシー組織が、広報活動をリードすべきとの考えに多くの賛成を得るには何ヶ月か、または何年もかかるかもしれないが、地道に活動を続けなければならない。
 このような組織の理想像としては、たとえ各国医師会によって実際は作られたにしても、評議会のレベルでは医師会の組織を越え、より広い利益を代表するものにするのがよい。前にも述べたように、評議会はより広いたばこコントロールの連帯を反映してなりたっているからである。

たばこに関する基礎レポート

 たばこについての国としての基礎レポートとは、その国におけるたばこ問題の詳細なレビューと、たばこ問題への対処の優先順位を示したものである。もしこれに該当するものがないならば、各国医師会としては、自らこうしたものを作成するか、政府に作成するように圧力をかけることを考えなければならない。

このようなレポートは、たばこ問題の科学的解析に基づくものであるため、他の保健団体や政治家、報道の注目を引く。

 よって、こうしたレポートは、たばこコントロールを高次の議論の題とするのに有効な武器となるばかりでなく、ほかの医療・保健団体との関係を深め、反たばこキャンペーンへの参加を呼びかけるのに役立つ。
 基礎レポートは次の点に言及すべきである。

●喫煙の歴史
●たばこ消費の現状と将来予測
●たばこによって引き起こされる病気のパターンと予測
●たばこによって引き起こされる、健康問題やその他のコストをできるだけ予防するために行うべき行動の勧告

 可能であれば、レポートは国のすべての権威ある医療団体の後援を受けるべきである。そして保健大臣や他の国のリーダー、政治家に提示し、レポートに示されたたばこコントロールの勧告の実行には法制化が必要だと要請する。
 基礎レポートには、次のものを含むべきである。

●喫煙率、特に医師など影響力のある専門職や女性、若者における喫煙率、これらのグループの調査は、公衆衛生医や疫学者で調査の手引きをつくることができる優秀な科学者の監視のもとで、学生にやってもらってもよい
●国内のたばこ関連疾患の調査―信頼し得る国内統計がない場合は、退院記録や肺がんや冠動脈疾患の有病率の変化に注目してきた高齢の医師の経験を活用しうる
●たばこ使用による様々な病気の罹患率の予測―10歳代で喫煙を始めると、その結果として、4人に1人は69歳以前に亡くなる。主要な専門職についている者を含め多くの男性がまだたばこを吸っている国がヨーロッパにはいくつかあるが、そのことは社会の有能な人材を失うことを意味する
●他国の経験の調査資料―情報源は多くあり、さまざまな国際・国内組織から情報を得ることができる
●たばこ産業の作戦の監視、特に多国籍企業の新しいブランドとその販売促進のやり方―特に子供やティーンエイジャーをねらっての販売促進例や、政治家に影響を与えるためのたばこ産業の活動例
●たばこの経済的評価の簡潔な報告―たばこによる経済的な結果に関する詳細な報告は、後ですればよい。たばこの耕作を含むたばこの経済的な結果は一般に思われているものと非常に異なっていることが多い

 基礎レポートが発行時にどのように使われるべきか各国医師会のたばこグループは注意深く検討しておく必要がある。たとえば、基礎レポートをもとに、国家的リーダーを巻き込むような会合を、できれば保健省と共催する。十分な時間を使い、ジャーナリストに対しては前もってその要点説明を行い、友好的な政治家には、これを公的政治論争の前面に据えるよう行動することを約束する。

定期的調査と再評価

 政策の進展具合をモニターし、一般の人々の喫煙に対する態度や知識を測定するために、一定間隔で調査を行うことはたばこコントロール政策の不可欠な部分で、そうすることによってたばこコントロール政策の各項目を評価し、必要ならば改良することができる。
 もし政府が真剣にたばこコントロールに取り組むのであれば、この機能は政府が採用する措置の一部となり、具体的な政策の実施は保健省か、その代わりとなり得る、適切な団体が行う。
 しかし、そうでない時にはそれを適切に遂行し得る他の機関に頼まなければならない。こうした状況では、各国医師会が自らリードしていく覚悟が必要である。自ら実施するか委託するかによってこの仕事を実施していかなければならないのである。
 調査や評価の仕事に各国医師会自らがすこしでも関与しなければならない場合のために、もう少し詳しく述べる。

●たばこ問題を定期的に見渡し、予防措置の必要性を示し、たばこコントロール措置の効果を評価するためには、喫煙率、死亡率、罹患率を継続的に調査することが必要である。喫煙率調査のWHOの基準とガイドラインは有用で、これにより国際比較が可能となる
●一般の人々の喫煙に対する意識・態度の調査は特に重要である。予防措置・健康教育といったものによって一般の人々の考えを変え得る。こうした調査によって、たばこコントロールのさまざまな措置に対する一般の人々の支持が、政府が思っていたレベルより高いものであることを示すことができる
●たばこによる経済効果の調査も重要である。たばこは税収や輸出により経済を潤すばかりでなく、いろいろな損失を招き、コストがかかるものである。医療・保健のコスト、生産性低下、早死や障害による社会福祉のコスト、火事、吸い殻ごみの収集、土地利用(たばこに使っている農地をもっと金になる作物のために使い得る)などである。たばこを生産しているほとんどの国では、多くが国内消費されており、その土地で代替作物を植えた時と比べて、たばこの経済的貢献度は疑問視されている。たばこの消費によって生じる病気で引き起こされる保健サービスのコストの増加を別としてもである
●反たばこ措置それぞれについての成否を評価するのは重要である。というのも、結果を見て将来最も効果的な手段に集中できるからである。これはたばこ産業に与える影響を含めて分析・評価せねばならない。たばこ会社からの抵抗や妨害の程度で効果を相対的に推し量ることができる

 たばこ会社からの抵抗に関しては、以下のとおり2つの重要なことを覚えておく必要がある。この点は、本書のどこかでもう一度取り上げようと考えている(第12章参照)。

●たばこ産業からの抵抗があまりない時、どうしてなのか―たばこコントロール自体に効果がないのではないか、あるいは不適切なのではないか―注意深く調べなければならない
●たばこ産業側が、「品種改良」や学校での健康教育のような措置を歓迎・奨励し、これらに注意を向ける場合には、政府は少なくともたばこ産業側が提唱しているような形では、これらの措置でたばこ消費は減らないと考えなければならない

関連ページ