■ 黒石よされ体験紀行8月15〜16日に家族で黒石よされを見に行ってきたときのレポートです.まとめるのが遅くなり季節はずれになってしまいました.長文で死ぬから覚悟して読んでね.
● 八戸−黒石
八戸と黒石の間には北に八甲田山,南に十和田湖があり,往きは八甲田(傘松峠−城ヶ倉大橋)経由,帰りは十和田湖(子の口−奥入瀬)経由で,途中休憩しながら車で片道4時間ほどの道のりです.八甲田の峠越えは深い霧の中でかなり寒かったのですが,峠を越えるとすぐに空は晴れ渡り,空気は涼しく澄んで,快適なドライブとなりました.
行き帰りの道中には,道の駅おいらせ(十和田湖牛と地ビール),城ヶ倉大橋,淨仙寺,津軽こけし館,虹の湖ふれあい広場,奥入瀬渓流など見どころも多いのですがここでは省略します.
● 黒石の町並みと中町通りの「こみせ」
黒石に着いてお昼を食べようと町を一周してみたのですが,城下町らしく狭くて一方通行が多く,昼間みるとちょっとガッカリするような小さな町です.横町の「蔵よし」という蔵を改造したそば屋で昼食をとり,町の中を散策してみました.
「こみせ」というのはひらがなで表記されているので「小店」であろうかと思ったのですが,「小見世」と書くらしい.雪や雨を防ぐための,商店の屋根をかねた木造のアーケードのことで,藩政時代の面影を残した古い商店が何軒も軒を連ねています.この中町通りは日本の道百選にも選ばれており,歩いて往復するだけなら10分もかかりませんから黒石に行ったらまず見ておくと良いでしょう.ちなみにここで流し踊りも踊られます.みどころは,国の重文の高橋家(ここは見学せず),一番角にある「こみせ美術館」(といっても無料で見学できます.私たちは中を見学してお店のおばあちゃんに麦茶とせんべいまでもらって何も買わずに出てきたのであった),造り酒屋が2件(菊乃井−ここも見学と試飲ができて,流し踊りの時には表でお酒を振る舞っており..残念ながら観光客にはもらえませんでした.菊乃井の大吟醸は辛口でおいしかったのですが,これも残念ながらもう飲み干してしまった.もう1件の酒屋の軒先にかかっている杉玉は1つが1.2トンもあるという)あたりか.
● いよいよ流し踊りへ
落合温泉の「ちとせ屋」という,老舗だけど新築されてきれいなホテルで早めに温泉につかり夕食を食べたあと,19時からの流し踊りを目指して18時半にバスでホテルを出発.市内までは20分程の道のりで程なく到着.街はすでに踊り手で埋め尽くされていて,思っていた以上の規模です.当日の話では2000人以上でそれでも減っているという.中心街も道は狭いので,観光客と踊り手の間をすりぬけて移動しながら見て歩くのは結構大変です.ちなみに,移動しなくても2時間でほぼ1周してくるので全部見ることはできます.
黒石八郎さん(知ってるかな?)の司会により,花火の合図の後いよいよ流し踊りが始まりました.とたんに,街は一種異様な熱気に包まれていきます.「黒石よされ」は手さばきが多くひたすら進行方向(いわゆるCW方向)に進む比較的単純というか古いタイプの踊りに見受けられたのですが,異様なと表現したのはその合いの手.「エチャホー エチャホー ホッホッホッホ」と書いて字面をみても何も伝わってきませんが,裏声で甲高く響きわたる声を聞くと,そうですねバルカン系の踊りの時の掛け声や何かほか文化圏のものを想起させ,一体日本の盆踊りでこのような合いの手がほかにあるのかと訝りながらも,心と体は自然にそれを受け入れて,一緒に踊りだしたい気持ちが高まっていきます.この発声をちょっとマネしてみようとしたのだけれど声が上手く出ない.津軽の人はみんなこれで育ってきたのであろうか.どうなんだい成田くん.
10分か15分ほど踊り続けるのをビデオと写真におさめながら踊りと反対方向に歩いて廻っていると,ふと唄が終わり休憩かと思いきや,それまでと違う唄が流れだし,20-30人の踊り組が急に輪になってその場で廻りながら踊り出した.廻り踊りとはこれのことか.廻り踊りは「黒石じょんから」「黒石甚句」「ドダレバチ(津軽甚句)」の3曲で,いずれも比較的短い踊りの繰り返しだが,「よされ」よりも軽快で動きが激しくより熱くなりやすい.私たち親子も,ビデオをとるのをやめて輪に入って見よう見まねで踊り出した.入ったのは町内会の混成チームのようだ.おばさんの踊り,青年たちの踊り,若い女の子たちの踊り,その中に混じって,おばさんがうちの子たちにも一緒になって教えてくれたり団扇をくれたりして,観光客の飛び入りはすごく歓迎してくれる.とはいっても,踊らないで見ている人の方が多いのだが,ここは阿波踊りの精神で,踊らなきゃ何のために来たのかわからない.
踊り組は,○○保存会といったきっちりとそろった踊りを見せるおばさん達の組,町内会の老若男女入り混じった組,銀行や電力などの地元大手企業のグループ,そして自由参加の混成チームまで様々あり,踊りとしては保存会の方が当然きれいなのだが,活気は若手男女が入り混じった混成チームの方が圧倒的にあり,みていてそのエネルギーが伝わってくる.衣装は花笠に浴衣,たすき掛けで一見ねぶたと似ているようだ.若い女の子の指先に色気を感じる踊りのしぐさ,少しお酒が入りくずして踊る地元青年たちの踊り,人数は多くないが枯れた手さばきを見せる老人男性の踊り,確かにここにはまだ観光化に毒されていない,古くから伝えられた踊りが今もなお生き続けているようだ.
青森ねぶたは完全に商業化されてしまい,カラスハネト対策もあって飛び入りを歓迎しない見る祭になってしまっているのとは対照的と言えるかもしれない.ねぶたのハネトも,よく見てみるとハッとするほど素晴らしい跳ね方をする人もあり決して見るべきものがないわけではないのだが,大抵は迸るエネルギーに任せてただ飛び跳ねているようにみえるのが,外から見てやや鼻白む思いをするところなのだ.もちろん,参加して跳ねていれば全然話は違うのだろうが.
黒石よされに話を戻そう.ほめてばかりいたが,踊り組の中に,訳の分からないコミカルな(あるいはグロテスクな)キャラクターに扮して踊るグループが混じっているのは,まったく理解できないし好きになれない.当人たちも主催者側も何か勘違いをしているのではないだろうか.観光客は楽しんでいるようにも見えたが,これには苦言を呈しておく.ねぶたにもカラスハネトならぬ「バケト」というものもあるので,全て否定することもないのかもしれないが.
私たちが踊りと反対方向(いわゆるCCW方向)に街を1周してメインステージのところまでたどり着いた頃には,2時間の流し踊りもそろそろ終わりを告げようとしていた.ここでも再び廻り踊りに混ぜてもらったが,そろいの浴衣で髪を詰めて踊る若い女の子のグループに女踊りをする青年が一人混じり,これは日舞を習っている人たちであろうか.その踊りにしばらくみとれているうちにいよいよ終了の時刻が近くなり,バスの待ち合わせ場所近くまで戻って更にもう少しだけ踊った後,ホテルへの帰途についたのだが,帰りのバスには乗らないで残った人も多く,どうやら黒石の街の奥深くに入り込んでいったようだ.翌朝,普段使わない筋肉を使ったためか大腿の両脇が痛く,足の指にもまめができていたが,近いうちに,できれば来年また来て踊ることを心に誓って八戸への帰途についた.
午後,1泊2日の短い夏休み旅行から帰って自宅の玄関に立つと,成田くん夫婦が帰省途中に立ち寄ったというメモがはさまっていた.今度は早めに予定を立てて一緒に黒石に行きましょう.個人でエントリーできる自由参加のグループもあるから,このメーリングリストで参加希望者をつのってオフミをかねたフォークロア探訪ツアーを組んでみても良いかもしれない.とにかく,1回行くと絶対はまります.是非とももう1回行きたい,行くなら今度は衣装もそろえて最初から最後まで2時間きっちり踊りたい.そんな想いが今この文を書きながらあらためて沸き起こってきました.