■ 武田の二種混合に関するメモ(1997.10.3)
<簡単なまとめ> 院内報1997年10月号より9月24日付の新聞で,5月に群馬県で2歳の女の子が二種混合を接種した3日後にけいれんによる呼吸不全で死亡し,調査によって予防接種との因果関係が「否定できない」という報告が出たことが報道されました.これを受けて26日より該当の武田の"H034"というロットのワクチンが自主回収されましたが,これは「製品に特に問題はみつからなかったものの念のための処置」という説明でした.当院や他の市内の医療機関では9月から始まった二種混合の接種で"H033"というロットが使われておりましたが,既に接種された方は今から心配する必要はありません.しかし,これから接種される方で心配される親御さんもいるかと考えられ,それまで入っていた情報から総合的に判断して,9月29日は接種を見合わせて10月より他のメーカーに変更して接種を再開することにしました.予防接種とこういった事故との因果関係がはっきりと証明できることは多くないのですが,少しでも可能性があれば「疑わしきは救済,回収」という事になります.その辺をご理解いただいた上で,動揺せずに接種をすすめるように判断していただければと思います.この件についてのより詳しい経緯と判断についてはホームページに掲載しておきました.
(ということで,下記の記事に続きます.)
<報道> 共同通信より(1997.9.27=第2報)
ジフテリアと破傷風の二種混合ワクチンを接種した群馬県太田市の女児一人が 死亡、前橋市の三人がショック症状などを起こした問題で群馬県は二十五日、県 医師会長や保健所関係者らを集めて専門家会議を開き、亡くなった女児の保護者 から出された予防接種法に基づく予防接種健康被害認定の請求を、来週にも厚生 省に行うことを決めた。厚生省は県からの報告を受けた後、公衆衛生審議会で審 議した上、認定の可否を判定するという。会議では「予防接種との因果関係を否 定できない」とした太田市の報告書を重視。引き続き情報収集に当たるとともに、 予防接種前に十分な診断を行うことなど安全確保を徹底するよう県内医療機関な どに通知することを決めた。群馬県保健予防課によると、本年度、昨年度の統計 はまだ出ていないが一九九五年度の場合、県内の二種混合ワクチンの接種対象者 は約二万三千人で、うち約七割が実際に接種を受けた。群馬県で接種の副作用と みられるケースは、年に数例から数十例報告されているが、今回のような重い症 例はなかったという。 群馬県で今年五月、二種混合ワクチンを接種した女児が死亡したほか、ほかに もショック症状を起こすケースが相次いだ事故で、製造元の武田薬品工業(本社 大阪市)は二十六日、このワクチンの回収を開始した。回収されるのは、同社の 沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド「タケダ」のうち、昨年三月十二日に製造 された製造番号H034のワクチン。昨年十月から出荷が開始され、これまでに 約百人分の接種量に当たる十ミリリットル入りの容器で約二万四千本が出荷され ている。群馬県太田市の病院で五月二十六日にこのワクチンを接種された女児 (2つ)が、二十九日に発熱やけいれんを起こし、翌三十日に呼吸不全で死亡し た。さらに前橋市内では女児三人が接種直後にもどしたり、呼吸困難などを起こ した。いずれも同社の製造番号H034のワクチンを使用していた。太田市の予 防接種健康被害調査委員会は「呼吸不全の原因は断定できないが、予防接種によ る因果関係を否定できない」との報告をまとめている。これに対して武田薬品は 「保存してあるサンプルの検査から、製品の安全性に問題ないことは確認できて いるが、医療現場の混乱を避けるため念のため回収することを決めた」としてい る。
<経過> 報道から抜き出した経過と当院及び八戸市の対応
5/26 群馬県太田市の2歳女児にDT接種(H034) 5/29 左手の震えと嘔吐発熱で入院 5/30 重いけいれんに伴う呼吸不全で死亡 同県内に他に3例の副反応あり(全てH034) (呼吸困難,嘔吐などのショック症状と接種部の大きな腫れ) 9/1 八戸市二種混合個別接種開始(〜11/30),当院で9/27までH033で10名接種 9/23 太田市の委員会が「因果関係を否定できない」と群馬県へ報告 9/24 はじめて新聞報道され死亡事故1例あり「因果関係を否定できない」と 9/24 この日付の日医からの文書が各医師会にまわっていたはず (結局この文書そのものは当院には配布されず) 9/24 夕 八戸市小児科医会症例検討会 特に話題は出なかった 9/25 日医からの文書がパソコン通信(NIFTY-Serve)に掲載された 9/25 夜 武田で自主回収決定(H034のみ) 9/26 この日付の文書で武田から回収の知らせが出されている 同日中にFAXで知らせが届いた医療機関もある(他県) (当院に知らせが実際に届いたのは9/30) 9/26 14:20 パソコン通信でも回収の知らせが掲載(読んだのは9/27夜) 9/27 新聞にワクチン自主回収の報道 9/27 午後 当院に二種混合の予約患者1名ありH033のロットで接種施行 (この時には特に説明せず) 9/28 同日付けの情報で横浜では10月からのDT接種は「指示を待つように」 9/29 昼 八戸市医師会に連絡を徹底してほしい旨FAXで連絡 9/29 午後 当院に1名二種混合の予約が入っていたが延期した 9/30 昼 武田の担当者2名が来院し事情説明 H034のロットを回収(当院には在庫なし) H033は回収しないとのことで問屋に連絡してもらい返品 担当者には連絡体制の不備等について抗議 9/30 午後 医師会から武田の担当者が持ってきたものと同じコピー文書が配布 9/30 夕 ビケン,千葉,北里,化血研,デンカ生研の在庫を確認 9/30 夕 学校医講習会にて予防接種担当理事に対応などについて確認 10/1 北里のワクチンを取り寄せ 10/2 当院で接種再開(この日の二種混合は1名) (現在は化血研のワクチンを使用しております 1999.03.28追記)
<今回の判断と問題点>この文章を書いている時点でも情報が十分とは言えませんが,今回の事故がワクチンの品質には問題なく偶発的なものと言い切れるかどうかはわからず,事故調査委員会がまとめたように「因果関係は否定できない」という結論はほぼ妥当と考えられます.また,自主回収をH034のみにして,従来から流通しているH033や次回出荷予定のH035はそのまま使用して差し支えないという判断もわからなくはありません.しかし,H034を回収措置にしてしまったからには,品質的に差がないはずの他のロットのことを「大丈夫ですよ」と親に説明するのはやや無理があります.更に,今回の武田の連絡体制は非常に不備と言わざるを得ず,私はパソコン通信などで情報を集めていたので知っていましたが26日に決まったことが30日昼まで直接には何の連絡もなく,同日夕方会った市内の先生の中には報道も回収の事実も知らない人もいたくらいです.
様々なことを考えあわせると,今回は混乱を避けてできるだけ無難な線でいくことにして,他のメーカーに変えて再開することにしました.市内の別の小児科の先生は,武田のH033で引き続き接種を続けているという話でしたので,あるいはこれ以上の問題にはならずにすむのかもしれません.しかし(紛れ込み事故かどうかは別にして)一つの重大な事故とその報道,さらにその時のメーカーの対応が予防接種に対する不信感を増大させかねないということを考えあわせれば,今回のように報道が先行して医療機関への連絡が徹底されないような事態は絶対に避けてもらわなくてはいけないのです.同じようなことはMMRワクチン中止のときも問題になっており,あのときの苦い教訓が生かされておらず,武田のような大きな製薬会社がこのようなことでは全く話になりません.今後は武田でも遅まきながらホームページでも情報の公開を行っていくということのようですが,現時点ではまだ何も掲載されていません.
なお,二種混合及び三種混合のワクチンとしての安全性はどうかという事が気になる方もいるかと思いますが,今回の一件だけで新たな判断が下されることにはつながらないと思います.三種混合に関して言えば,1975年に安全性の問題により一旦中止されたことがありましたが,この時に百日咳による死亡が急増したため間もなく再開され,1981年より新たに安全性を高めたワクチンにかわってその後百日咳の死亡率は減少を続けており,最近になって安定剤として含有されているゼラチンによるアレルギーが少数の方で問題になっておりますが,これもゼラチンが含有されていないワクチンに切り替わっており,全体としては安全性の高いワクチンという評価を得ておりました.二種混合に関してもこれに準じたものと考えられ,どちらもワクチンである限り(紛れ込み事故を含めて)100%安全とは言い切れませんが,自然に感染した場合のリスクと比べればはるかに低く,これまでどおり接種していって差し支えないと考えられます.
予防接種のガイド