医療とコンピュータ」1998.9 (Vol.9 No.9) 原稿

くば小児科クリニック 久芳康朗

*この原稿は,開業医の地域との関わりや日常診療におけるコンピュータの利用などについて,開業前の医師を主な読者として書かれたものですが,参考までにこちらにも掲載しておきます.


photo2.jpg  私が1996年にこの八戸の郊外に小児科単科のクリニックを開院してからまだ2年余りしかたっていませんが,たまたまそういった時期にあたったのか,その間に私のところを含めて5件もの小児科の開業が相次ぎました.小児科医で一般病院に勤めたことのある人ならわかると思いますが,時間外に受診する子どもの多くは軽症なのですが,普段は開業医にかかっているのに発熱時の対処を知らなかったり,喘息なのにそう診断されておらず薬の名前も知らない患者さんに遭遇すると思います.自分が開業するときには,患者に適切な説明と情報を提供して,自分の患者さんが時間外に困らないような治療を行いたいという気持ちがありました.実際には理想とは程遠く,開業ラッシュという現象と共に小児医療の曲がり角を感じながら毎日の診療を行っています.

 この八戸という町には3つの病院に3つの大学から医師が派遣されており,それが良い方向に影響して,よく言われるような「南部地方の排他性」よりも,むしろオープンで先進的な気風を感じます.小児科は特に地域との結びつきが強い科と言えますが,幸い短期間のうちに学校医や保育園医も任せられ,医師会などの活動にも少しずつ関わらせてもらっており,新入りとしては恵まれた環境にあると言えるでしょう.

 さて,私がパソコンを始めたのは1990年,当時新発売のノートパソコンを購入し,ご多分に漏れずワープロ・統計・ゲームと使い回し,MS-DOSも少しは勉強しました.その後間もなく医局にスライド作成用のマックが導入され,2台目はPowerBookを購入し,以後はマック党に転向しましたが人に話せる程のことは特にありません.

 パソコンを使い初めてすぐに2400bpsの内蔵モデムを購入してパソコン通信をはじめ,Nifty-Serveにも加入しました.小児科関係では「新生児医療フォーラム」[1],「小児科医局(子育てと家庭フォーラム内のクローズド会議室)」[2]などに参加し,インターネット全盛の現在でも活発な活動が続いており,日常的に有力な情報源とコミュニケーション手段になっています.何度かオフラインミーティングに参加したこともありました.また,開業前後の時期から,「症例研究会フォーラム」や医療情報関係のメーリングリスト「姫だるま」[3],「東北大学小児科メーリングリスト」[4]などが新たに加わり,医療関係や地元のホームページ上のWebBBSをいくつか巡回するのも日課となっています.しかし,パソコン通信やインターネットは様々な情報を入手できる有用な手段である反面,それに費やす時間を浪費するという側面も見逃せません.かなりの取捨選択もありましたが,これを解決してくれたのは後述のOCNによるインターネット常時接続でした.

 開業に際しては,勤務医のときにはわからない様々な事務的作業に不安を覚えましたが,自分の手の届くことはパソコンで管理できるようにして効率化とデータの二次利用を可能にしようと考えました.医院建築の際にあらかじめ配管を施しておき,現在LANに4台のマック(受付,診察室,院長室にサーバと端末)が繋がっています.

 業務では主にファイルメーカーProを使っており,患者の基本情報を入力してそのままカルテの表紙を印刷させ,さらにこのファイルを基に,健診・予防接種,時間外,紹介状,喘息アレルギーなどのファイルにルックアップさせるようにつくられています.紹介状の作成は,定型文を利用することで何とか10分以内に印刷まで終わらせています.

photo3.jpg  肝心のレセコン選びではつまづきました.こちらもマックで動くレセプトソフトを選んだのですが,普通の操作では問題はなかったものの,開業日が診療報酬改定に重なってその対応が後手後手にまわった挙げ句,担当者が入院して当院への対応が全くできなってしまったのです.これに懲りて,開院1か月で大手のWindows95で動くというレセコンに乗り換え,業務の傍ら1か月分の患者データを入力し直しました.それ以降,小さなトラブルは全て地元サポートメーカーが対応し,私は全くタッチしなくて済むようになりました.パソコンベースのレセコンのメリットとしては,毎月のデータをフロッピーディスク経由でマックに読み込ませることができる点があります.小児科の場合,自治体から乳幼児の外来窓口負担分の補助が出るのですが,これを医療機関で一括請求しなくてはならず,しかもその用紙が自治体の都合で変えられたりするので,とてもレセコン側では処理できません.この部分はファイルメーカーで読み込むおかげで,チェック作業から印刷まで相当の省力化になっていると自負しています.

 当院は開院当初より電話予約制をとっていますが,これも機械による電話予約システムを導入するかどうかで迷いました.後発メーカーのものを導入寸前までいったのですが,診察券をなくしてしまうと再発行する際に同じ番号が出せないなどの致命的な欠陥があり見送りました.そのため事務員を多めにして対応していますが,結果的にはこれで正解でした.人が受けた方が柔軟に対応できて良いのですが,柔軟すぎて困ることもあります.

photo4.jpg 実際の診療にはパソコンはほとんど使われておらず,紙に印刷した資料を渡して説明するのが主で,その他に毎月発行している院内報が患者さんには結構読まれているようです.モニターの上におかれたColorQCAMから患者さんがパソコンに映し出されるようにセットしており子どもには受けが良いのですが,診察中にそっちばかり向いてしまうという難点があります.待合室には安いマックを置いて子ども用ソフトが好評のようですが,今度は診察に呼ばれてもゲームから離れなくなって泣き叫ぶということになり,何事も上手くいきません.このマックも近日中にインターネット接続予定です.2年前に買った81万画素のデジタルカメラは,診療にはあまり使われないでいたのですが,この春から乳幼児健診で受診した患者さんの記念写真を撮って16分割のシールプリントにしてカルテと台帳に張り,余った分は患者さんにお渡しするようにしています.当初は顔と名前が一致しないことが多いためこれは結構役に立っており,この程度の目的であれば2年前のデジカメでも十分使いものになります.

photo5.jpg  診察そのものに使うとなると電子カルテという言葉が思い浮かびますが,小児科の場合検査や画像が少なく,処方は細々と変化し,インフルエンザの時期には患者が短期間に集中するなど,現段階では電子カルテを導入するメリットはほとんどないと考えています.

 インターネットには1995年末にプロバイダに加入して接続し,1996年1月にはまだ開業準備中だったにも関わらず医院のホームページを公開しました.当初のポリシーは,院内で発行するパンフレットや院内報のバックナンバーを誰でもみられるようにしようというものでこれは今も変わりませんが,1997年春には掲示板を設置して健康相談や雑談などに使われるようになり,現在ではこちらがメインになりつつあります.同年秋にはOCNエコノミーで常時接続となり,1998年1月には独自ドメインを取得して院内サーバを立ち上げました.このサーバはファイルメーカーProサーバと兼用していますが,特別な支障もなく運用できています.サーバソフトは,QuickDNS ProEudora Internet Mail ServerQuid Pro Quoを,掲示板にはEasyBBS[5]を使っています.もし暇があったら覗いてみて下さい.

 こうしてみると時代の流れに沿った形で発展してきましたが,今後は大した進歩も見込めず,これまで通り地道に維持していくつもりでいます.ホームページが経営に役立っているとは思えませんが,小児科の場合親がインターネット世代ですので意外と多くの方に読まれているようです.健康相談については,一時は掲示板とメールで受け付けていたのですが,相談される内容が診察してみないとわからないものが多く,結局は「主治医の先生にもう一度ご相談ください」と書くことが多かったり,ごく稀に不躾なメールもみらるようになり,現在は「健康相談」という言葉は用いずに,掲示板に書かれたものだけに対応するようにしています.この辺のニーズをみると,まだまだ説明が十分になされていないケースが多いのだと実感しますが,ネット上の医療相談に絡む問題は既に指摘されている通りで[6],個人で対応するよりも上述のニフティのフォーラムのように集団で対応して実績のあるところに任せた方が良いように感じています.

 地元の八戸市医師会でもイントラネット構築と検査データ配信のプランが進んでおり,現在はその準備段階として会員へのインターネット導入をすすめている段階にあります.私も担当委員の1人として,会員向けのメーリングリストを立ち上げて運営しており,半年余りで参加者は50人を越えました.問題はパソコンを触ったことのない先生にいかにして新しく参加してもらうかにありますが,1年前と比べて状況は良い方向に変化してきています.今後はこのメーリングリストを核にして,病診連携・診診連携にネットワークを役立てていくようお手伝いしていくことも自分の役目の一つかと考えています.


【参考文献】

[1] 加部一彦:新生児医療とパソコン通信.小児内科,27,62-65,1995
[2] http://city.hokkai.or.jp/~satoshi/
[3] http://www.ncc.go.jp/shikoku/himedaruma/
[4] http://www.ped.med.tohoku.ac.jp/ml/
[5] http://mtlab.ecn.fpu.ac.jp/techAlley.html
[6] 由良茂貴:IHJ(インターネット・ホスピタル・ジャパン)の活動について.医療とコンピュータ,8,35-39,1997


photo1.jpg ● プロフィール

 1962年東京生まれ.1987年東北大学医学部を卒業し,いわき市立総合磐城共立病院,八戸市立市民病院,公立気仙沼総合病院などに勤務し,1996年*春に開業.

青森県八戸市湊高台1丁目12-26
http://www.kuba.gr.jp/
webmaster@kuba.gr.jp

(* 1986年と書かれていたので訂正しました)


特別付録 くば小児科ホームページ