「電子カルテ検討会」に参加して 『青森県保険医新聞』掲載

2002年(平成14年)3月2日(土) 八戸パークホテル
くば小児科クリニック 久芳康朗

 電子カルテがにわかに注目を集めているようだ。

 電子カルテ自体は何年も前から先発メーカーで開発されており参入メーカーも増えてきたところだが、これまでは一部の先進的な医療機関で使われているだけでほとんど普及していなかった。普及の妨げになってきた要因の主なものとしては、入力の問題、互換性、安定性そしてコストの4つがあげられる。しかし、医療改革の流れの中で昨年末に厚生労働省から示された「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」には、平成16年度までに全国の二次医療圏毎に少なくとも1施設、平成18年度までに全国の400床以上の病院および全診療所の6割以上に電子カルテの普及を図ることが目標として掲げられており、ここにきて実際に導入した施設や導入を検討している施設が急速に増加している。

 もう一つ見逃せないのは、この3月から本運用に入った日本医師会の標準レセプトソフト(仮称ORCA)が、電子カルテとの情報交換方式を定めて各社の参入を促している点だ。日医の担当者の話では5年ほどの間に日医会員の半分くらいに浸透するのが目標だということであり、順調にいけばORCAがレセコンの標準となり「ORCA対応」は電子カルテの必要最低条件になってくるものと考えられる。

 今回、青森県保険医協会三八支部の企画として医科の電子カルテ検討会が開催され、サンヨーメディコム「ドクターズパートナー」BML「メディカルステーション」の説明を受ける機会があった。説明の後の質疑応答では、出席した八戸市内の開業医および事務スタッフ合わせて約20名の参加者から多数の質問が寄せられ、関心の高さが感じられた。昨秋から電子カルテを導入している橋本剛先生(はしもと小児科)から実際に使ってみた感想などを報告していただいたが、気になる入力スピードについてはインフルエンザ流行のピーク時でも「特別なことを書かなければ」紙のカルテよりも速いということだった。

 両製品の機能についてここで詳しく紹介することはできないが、両製品とも画面は洗練されており、多数の導入実績が示すように実用レベルを十分にクリアする完成度はあるように見受けられた。サンヨーは同社のレセコンとの組み合わせを前提としており、BMLはレセプトソフト一体型でサーバー・受付・診察室の3台が最低システム構成だとのことだ。肝腎の価格の方は「システム構成によって異なる」とのことでお茶を濁されたので、保険医協同組合の方にお問い合わせいただきたい。なお、両製品とも現時点ではORCAには対応していない。

 正直に言うと、電子カルテというのは高価なものも低価格のもどれも似たようなものに見える。実際、設計思想はどれもほとんど同じだし、必要な機能を取り入れて丁寧に作り込んでいけば、完成度の高いものほど出来上がった画面やメニューや機能には大きな差は見出しにくくなる。もちろん、細部の使い勝手などはかなり異なるものと思われるので、もし導入を検討する際にはできるだけ長い時間をかけて操作してみたり実際の診療で試用してみたりして、自分の診療スタイルに合致して求める機能を実現できるものを選ぶ必要があるだろう。

 電子カルテを選ぶときのチェックポイントを個人的な意見もまじえて以下にいくつかあげてみたい。

 (1) 互換性: カルテは医療機関の最も大切な財産であり、他社製品に乗り換えたときに過去のカルテが使えなくなっては話にならない(カルテを人質にした囲い込み)。この点について、これからの電子カルテは標準の情報交換規約に従ったものになるはずであり問題は解決に向かっている。全国各地で実施されている「電子カルテを用いた地域医療連携システム」モデル事業でも、異なる電子カルテ同士で紹介状のやりとりや地域におけるカルテ共有が実現されつつある。レセコンとの互換性は、前記のように日医ORCA対応が今後の標準になるものと思われる。

 (2) 入力の工夫・ユーザーインターフェース: 多くの医師が電子カルテ導入をためらう最大の要因は入力だ。この点でも、ペンタブレットを用いて画面上のメニューから選択する方式などにより、できるだけキーボードの使用頻度を少なくする工夫が各社でなされている。しかし、それでもキーボードを全く使わないですむということにはならない。入力専任のクラークを診察室におく方式や、将来的には音声入力の可能性もあるが、自らの診療スタイルに合うかどうか検討が必要だ。電子カルテはいったん導入してしまうと簡単に後戻りはできない。

 (3) カスタマイズ: 頻用処方や問診・診察所見項目などをカスタマイズできるのは当然のこととして、その他に各科の診療に応じた画面構成や喘息・糖尿病などの専門外来画面、小児科においては予防接種や乳幼児健診、成長曲線や体重に応じた処方量の自動調整、診察時の兄弟カルテの参照など望まれる機能は様々であり、いかに柔軟に個々の医師の要望に応じられるかということも非常に重要なポイントだ。

 (4) 拡張性・他システムとの連携: この世界は日進月歩、常に進化し続けている。電子カルテ単体で全ての機能を実現しようとせずに、様々な周辺システム(検査配信・介護保険・電話予約・画像ファイリング・心電図電送・薬剤管理など)と組み合わせて使うことを考えた方が現実的だが、実現できている部分は少ない。少なくとも、せっかくデジタル化されている情報を手入力で転記するような事態だけは避けたいものだ。また、診察室に2台の端末を置くことが難しいために「専用システム」ではなくメールやウェブブラウズ、文書作成などの業務にも使うことのできるシステムが求められる可能性もあるが、インターネットに接続する場合にはウイルス対策などの問題が残る(特にWindows機の場合)。端末のOSは使い慣れたもの(WindowsやMacOS)を選択できることが望ましいが、これは一部の製品でしか実現していない。

 (5) 安定性・完成度: パッケージとしての完成度や安定性の高さは業務で使用するシステムには必須だが、それでもトラブルは必ず起こる。その際に地元のサポート業者が対応してくれるメーカーのものにするか、メーリングリストなどでユーザーの声を随時取り入れている低価格のシステムにするか、この先はそれぞれの医師の考え方によって異なってくる。後者の場合、医師がそのシステムに習熟して自らバージョンアップ作業までしなくてはいけない可能性もあるが、たとえパソコンに詳しい医師であっても診察中にトラブルのメンテナンスなどやってられないのが普通だと思う。セキュリティに関してはここでは触れないでおく。

 (6) コストパフォーマンス: 高価な電子カルテを導入しても、診療報酬上の優遇措置もなく1円の売り上げにもならない。今の医療に求められている「透明性と説明責任」を実現する手段として、診療の質の向上や効率化につながることを目的に導入するとしても、この厳しい医療費抑制政策の下でコストはできるだけ抑えたい。しかし、単純に安ければ良いというわけではなく、前項であげたメンテナンス態勢や将来性などを合わせて考慮する必要があり、非常に悩ましい問題だ。日医ORCAでも電子カルテプロジェクトが進められているが、実用化はまだかなり先のようだ。

 (7) 上記のような条件を最初から全部満たす製品はないので、導入するとすればある時点で将来性を見越して踏み切るしかないだろう。メーカーの大小にかかわらず、ユーザーの声をとりいれて改良しながら製品の完成度を高めているはずだが、その対応の実際や将来への考え方などには温度差があるはずだ。この点は最も重要であるにも関わらず新規ユーザーにはわかりにくい部分であり、すでに導入している医師の意見(本音)を参考にするほかない。地域内では情報は限られてくるので、全国のメーリングリストなどで情報を交換していくことが必要だろう。

 これまでの医療においてカルテが常にその中心にあったのと同じように、これからの医療の情報化や地域医療連携も電子カルテを中心にして進んでいくことは間違いない。電子カルテ導入の際にはテクニカルな問題にどうしても目を奪われがちだが、それによって診療の質が上がり患者さんのメリットになることを目標において進めなくてはいけないと考えている。

<追記> この文章では、実は電子カルテの最も苦手とする「カルテの通読性・通覧性(パラパラめくり)」について触れられていない。というのは、その点において現在の電子カルテはいずれも汚い字でいい加減な記載の紙カルテに及ばないというのが私見だからだ(実際に使っていないので比較はできないのだが)。紙カルテと電子カルテの比較について、下記のリンクで熊坂先生(歯科)の興味深い経験談を読むことができる。

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